自分を語るということ
塩崎みあき


現代詩フォーラムに投稿を始めて、もうすぐ(あと一ヶ月と少し)一年になります。

なんだろうな、実はずっと自分を語る「随筆」とかそういうの苦手でしょうがなかった時期があって、人のを読むのはいいんですけれど。「自分」になると突然...

でもなんか最近書きたいなーという気持ちがわいてきたのです。

数年前人生に挫折しかけて、やっと復活の兆しをつかみ、今それを追って猛進中な訳です。

具体的に言うと普通に会社員やってたんですが、精神的にキてしまいまして、会社やめて美術の勉強して1浪の末、芸大(ここでいう芸大は藝大にあらず)に入りました。今年。

現フォには私が想像していた以上に絵をやっている人や芸術を考えている人が多いのですね。

ココに投稿を始めたのは予備校に通っていて、もうそろそろ受験の事をしっかり考えていかないといけないという時期で、もう、今考えると、ほんっと、一つのことに情熱を傾けていられたわずかな時間でした。
詩作も元はと言えば受験でイマジネーションを鍛えるためだけに始めた感じ。なーんも考えてなかった。

芸大の受験は言ってみれば酷。だって倍率が半端ないもん倍率10倍だったらまだいい方。みたいな。私が受けたところは15倍くらいだったかな。実際受けたのはもう少し少なかったらしいけど。これでも4、30年前よりはずっと入りやすくなったそうです。少子化だからな。

芸術大学についてよくわからない人のために書いておくと、
○芸大というのは音楽科と美術科で成り立つ大学の事で、藝大は特に「東京藝術大学」を指す。(「芸大」もたまにその意味で使われる時がある。)
○美術科だけの大学を美術大学という。
○受験形態は基本的に実技。国公立はセンター試験と実技試験の総合点で評価だがウエイトは完全に実技のが上。私立はいろんな受験形態がありすぎて謎。デッサンしなくても受験できる。
○国公立のセンターの得点はほぼ満点の人から2割で受かるひとまでいて、「国公立の決まりだから一応受けといて」みたいな感じ。実技は何を専攻するかによって大きく違うが、デッサンは絶対にある。

受験が酷だと思う理由のもう一つ

それは人間性をかき乱されている感じがすること。
やはり、実技で、自分の作品を作るといっても受験にはちゃんと「対策」というマニュアルがあり、それに向かって日々精進するわけ。
自分が「こうだ!」と思っていてもそれは「あの大学ではうけないからやめとこうよ」みたいな感じ。
そうやって作品を作っていくとだんだん、自分の思考と出来る作品にズレが生じてきてしまって、「こんな作品作りたい訳じゃない」「こんなの私じゃない」と思ってしまう。けれど先生はそういう作品を褒めるし、それ以外のものをあんまりよしとしない。

実際そうしないと受験には勝てない。先生はそれをよくわかっていて私たちに教えている。それはわかっている。私はそれが理解できたので、苦しかったけれど耐えれた。けれど中にはそれに気付かずに先生に言われたことを真に受け、喜んだり悩んだりしている人たちも多かった。その中には、「もう私には才能がないことが分かったから」と挫折する人もいた。そういうとき「これはただの受験対策なんだから」って言ってあげたかった。けど言えなかった。

こういう事を書くとどんな厳しい予備校に通っていたんだよ。と突っ込まれるかもしれないけれど、いや、いたってのほほーんな雰囲気の所でしたよ。仲良かったし、受験当日も遠足みたいなのりでした。ただ、やる時はやるし、みんなへらへらしているようでちゃんと考えている。個人の所ならどこの予備校でもそんな感じじゃないかな?
ただ、私が苦しかったのは本当。一番年長でいろんな行事でもリーダーを任されていたので、誰にも弱音が吐けなくて一人で悩んでいました。あ、愚痴くらいは言ったかも。

なんの話してたんだっけ?最初言わんとしていた事からちょっとずれてきたな。

で、その酷な受験を乗り切って今、大学生なんですけど、苦しい。今度は自分に嘘がつけない状況が苦しい。どんな事でも、自分自身の評価につながってくる。
クラスには私よりずっと年下だけれど、やる気も根気もある人たちがうじゃうじゃいて正直焦る。
やりたい事なら私にだって山ほどある。今は丁度夏休みだから、それを実行するために毎日忙しい。手帳がスケジュールで真っ黒になっている。仕事をしていたときとは正反対で自分のする行為すべてに「自分で決めた」という意識がある。苦しい。 

でも、実はそれって苦しい以上に楽しい!

なんだかんだあったけれど、今の地点ではこの道を選んでよかったのだと思う。これからも、そう思えるように日々頑張っていけたらいいと思っている。

最近気付いた事は、私にはこんなにも沢山の複雑な感情があったのかということ、同時に20代前半を灰色でつまらない思想にとらわれながら生活していたのだという事。

あと自分について語るとなんだかとてつもなくすっきりするという事。現フォはリアルの友人には投稿している事を教えていないので比較的思っている事を何でも書けるんですよ。

まとまりがなくて、よくわかんない文章をここまで読んでくださってありがとうございます。ひとりで勝手にすっきりして去ります(笑)


散文(批評随筆小説等) 自分を語るということ Copyright 塩崎みあき 2011-08-10 13:01:56
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