風のオマージュ その3
みつべえ

 ☆佐藤惣之助「燃ゆる町」の場合






 この作品は彼の第2詩集「狂へる歌」のなかの1篇です。

 見よ、冬の強い夜明けを
 彼女はとび起きた

 これが出だしの2行。「彼女」というのは若い工女のことで、これから「働きに行く仕度をする」のです。ここで目につくのは「冬の強い夜明け」という詩句であり、「強い夜明けを」「とび起きた」「彼女」の颯爽とした姿が思い浮かびます。この「強い」と「とび」を連動させる言葉の魔力!
 まったく「彼女」は元気です。あばら屋に住み貧乏で衣服も粗末なものにちがいないのに「風邪一つひかない」のだから。そして「いきなり井戸の水を」汲んで「どんどん火を焚」いて「喜悦をもった若木のように立ち上がる」のです。
 あ、詩句を恣意的に引用する非はゆるしていただきたい。じかに作品に接してもらうのが本筋であるのは言うまでもありません。
 作品参照はこちらから。
       ↓
http://www.geocities.jp/potter99rice/sounosuke.html

 それにしても本当に「彼女」は逞しい。「冬の強い夜明けを」さっそうと働きに出て行く。

 戸口の霜を劈いて
 ビシビシ歩き出すと
 どんどん夜が明ける
 赤く赤く町が朝日に燃え初める
 天辺まで燃え初める
 何という光明であろう
 若々しい勇気であろう

「ビシビシ」「どんどん」「赤く赤く」という言葉の軽快なテンポ。短く言い切るセンテンスも効果的。急ぎ足の歩行のリズムが全行を律していて爽やかです。ここで「夜が明ける」「朝日に燃え初める」は、前の方の

 いきなり井戸の水を汲む
 釣瓶から落ちる水の美しさ
 その瀑布の上を
 夜明けが競争で光をふりまき
 反射で彼女の全身を
 淡紅色に染め初める

 という部分と視覚的に照応していて、夜が明けてくる時間的経過と「彼女」の歩調が二重うつしに描かれています。つまり「彼女」が歩くに従って夜が明けてくるというわけなのです。

 赤く赤く町が朝日に燃え初める

 読み進めるにつれ現れてくる朝焼けの空と町の全景が「彼女」の若く凛々しい肉体の律動とあいまって、なんとも言えぬ情趣を呼び起こす。鮮明なイメージ。ここまでくると「何という光明であろう」とか「若々しい勇気であろう」のような、やや説明におちたような詩句も苦にならない。そのまま一気にクライマックスへ突き進む。「彼女」は「北風も氷も一ぺんに踏みつけて」どんどん街路を歩いていくのだが、それにつれて太陽も「彼女が出て来る方から」ずんずん上がってくるのです。まるで「彼女」は「太陽」を背負って、朝の進行よりもはやく歩いているみたい。

 彼女が出てくると
 町も野道も初めて動き出し
 町は真紅の朝日に燃え初める

 いままで「出て行く」「歩いて行く」者として「彼女」を見ていた読者は、ここで突然「彼女」の前面に運ばれ、「歩いてくる」「彼女」と「出てくる」「朝日」を迎える場所に立たされる。

 おお、燃える町、
 その中を抜剣のように彼女は歩いてくる

 この光景は実に劇的です。のぼる太陽を背にして抜剣(バッケンと力強く読む!)のように歩いてくる逆光線のなかの「彼女」。眩しくて「彼女」の姿がよく見えない。黒い影となってやがてそのまま太陽のなかに溶け込んでしまいそう。ここにいたって「彼女」と「朝日」は同一化される。
 「彼女」こそ太陽なのでした。

 あと終わりの方の詩行は蛇足のようで、そして全体に冗漫な感じもするのですが、元気をくれる大好きな詩なので気にしません(笑)
 この詩を楽天的すぎて信じられないと思う読者も当然いるでしょう。でも私は、詩は愛と希望のためにあると、いまでも願っています。時代が暗いというなかれ、です。
 では、今回はそういうオチで(爆)







●佐藤惣之助(1890~1942)

神奈川県生まれ。小学校卒業後、苦学してフランス語を習得。いわゆる民衆詩派の一人。「詩の家」を主宰。酒と旅が大好きだったらしい。










散文(批評随筆小説等) 風のオマージュ その3 Copyright みつべえ 2003-10-17 21:57:38
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