サロモン屋敷
salco

サロモン氏の邸宅は
六丁目の外れに在って
近ごろ稀な和風建築
サロモン氏はインテリ外人
がえてしてそうであるように
日本人より日本がお好き
それでお宅も純和風
白い土塀の棟瓦、数寄屋の門も
武家屋敷めき質実尊大
お上も下々も維新以来は捨てた様式スタイル
区政の至らぬ
この小さな側溝を御濠に見立てれば
サロモン氏、一寸した城主
というところ

書斎は大した和綴じ文庫
柳田さんちもご近所だ
書棚の漢字は天井に届くほど
そして畳には英文の書き損じ
サロモン氏の研究三昧
また居間のとこには
水墨の軸、唐津に一輪、古萩の茶碗
侘寂ついでに茶室も欲しいが
と教授は思うが
さてちとばかり
それには庭は狭過ぎた
草木も眠る丑三つ時も
自動車バイクの往来やまず
今朝はまた
酔漢の投げ入れた缶が鹿おどし
盆栽の皐月の咲き初め花くじ
「Holly ××××!」

春は花、雲に霞、土手の紋白
夏花火に蛍、団扇風鈴蚊取り線香
秋名月、すすき祭礼、虫のすだく
冬は吐く息、思い火鉢に胸熱燗
二の字二の字とゆき南天
だが吉野の山さえ雑踏繚乱
それにつけても川の臭気
夏空のスモッグ目に沁みて
オベリスクの群れ摩天楼
秋とて変わらぬ騒ぎと埃
日に六遍の廃品回収アナウンス
そして冬、メロンにトマト胡瓜にキウイ
ジングルベルにスペルの横溢
北斎の日本、広重の日本びとの末裔が
太秦うずまさ式の時代劇
伊賀の忍が紫のライクラ®装束
イヤフォンを両の耳に突っ込んで
スラングだらけのへヴィーメタルを
ステレオアンプに轟かす隣家の娘
比べりゃ大事じゃないけれど
老ハウスメイドの作法の悪さ
がさつな振舞い佇まい
だがサロモン氏
ここに骨を埋めるつもりとか

塀の中の小さな日本
軒下でちんまりの庭を眺めては
松尾芭蕉をひとくさり
「旅に病で 夢は枯野を」
如何せん句の一つにも浸るには
やはりちと車道に近過ぎはする
蕎麦屋帰りの昨夕も
古池探しの蛙が輪禍の路上肉煎餅
旅疲れた足でもあるかのように
濡れ縁に足投げ出して物思う
大島にすててこのサロモン氏
何思う
ジパングを夢見た訳ではないけれど
シーボルトが見、最後にロティが見
ゴッホやモネも憧れた、夢にまで見た国
もはや風情も払われて
TVからは夜もすがらパレスチナの遠い銃声
その次に、スペースシャトルの秒読み開始
忘れじの
日米経済摩擦と日米安保のそぞろ細道
ペルリの船がこじ開けた浮世のはだえ
ある筈もなく
サロモン氏の留まる故は
足しげく墓に参る仁にも似るか

その家は
まるで時代に取り残された
武家屋敷の如く
あるいは二百年遅かった
旅行者の落胆らしく
ひっそり閑と
その主はまた
お静さんのガチャガチャと運び来た
コーヒーを流し込みつつ書物に目落とし
ひねもすキーを叩いている
例えば室町文化について
あるいは紀貫之の人となり
土曜の夜にはモサド時代のマブダチが
ピンポン押して裏の口から入り行く
サロモン屋敷
板目も侘な表札に「サロモン」と
仮名で律儀に書いてある
後ろにはライムグリーンのテューダー調
お向かいは
べヴァリーヒルズ的スパニッシュ風
ジャパニーズ宅


自由詩 サロモン屋敷 Copyright salco 2011-07-18 22:48:21
notebook Home 戻る