追憶の唄
洞野いちる
箪笥の整理をしていて見つけたTシャツ
ぎゅっと胸に抱くと
懐かしいあなたの香りがしました
それはずっと昔、あなたからもらったもの
少し色褪せた白い布地に大きく描かれたオレンジの花
「この絵はね、染めて描かれたのよ」
元気だったころのあなたはそう言っていましたね
大切に 大切に あなたはこのTシャツを着ていました
わたしがもらったときも、染み、ほつれひとつなく、新品同様でした
大きく深呼吸すれば
わたしの肺腑はあなたの香りで満たされてゆく
よしよしと撫でてくれた炊事で荒れた手、いつでもわたしの味方だったあなたの抱っこ
辛すぎたカレーライスも、叩かれて手のひらの痕が真っ赤に残ったことも、
すべて すべて
あなたとの大切な想い出です
あの日から長い年月が経ち、わたしの体が縮んでしまい
もうすっかり、あなたのTシャツを着れなくなってしまいました
わたしの子どもは「古着は嫌だ」と言いますし、中学二年生の孫は「流行の服がいい」と言います
寂しさが込み上げてきますが、仕方がないことなのかもしれません
もっと早く思い出せばよかった
悔やめど時間の巻き戻しは無理なこと
明日出すビニール袋に入れる前に
袖を通しましょう
大きすぎるけれど
最後にあなたのぬくもりを香りを感じたいから