追憶の唄
洞野いちる

箪笥の整理をしていて見つけたTシャツ
ぎゅっと胸に抱くと
懐かしいあなたの香りがしました

それはずっと昔、あなたからもらったもの
少し色褪せた白い布地に大きく描かれたオレンジの花
「この絵はね、染めて描かれたのよ」
元気だったころのあなたはそう言っていましたね
大切に 大切に あなたはこのTシャツを着ていました
わたしがもらったときも、染み、ほつれひとつなく、新品同様でした

大きく深呼吸すれば
わたしの肺腑はあなたの香りで満たされてゆく
よしよしと撫でてくれた炊事で荒れた手、いつでもわたしの味方だったあなたの抱っこ
辛すぎたカレーライスも、叩かれて手のひらの痕が真っ赤に残ったことも、
すべて すべて 
あなたとの大切な想い出です

あの日から長い年月が経ち、わたしの体が縮んでしまい
もうすっかり、あなたのTシャツを着れなくなってしまいました
わたしの子どもは「古着は嫌だ」と言いますし、中学二年生の孫は「流行の服がいい」と言います

寂しさが込み上げてきますが、仕方がないことなのかもしれません
もっと早く思い出せばよかった
悔やめど時間の巻き戻しは無理なこと

明日出すビニール袋に入れる前に
袖を通しましょう
大きすぎるけれど
最後にあなたのぬくもりを香りを感じたいから


自由詩 追憶の唄 Copyright 洞野いちる 2011-07-15 20:13:15
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