ノイズ
salco

 傍らを男の子が追い抜いて行った。
 
危ないじゃん。しつけの悪いガキ、転べばいいのに。

 黄色いショッピングかごを取って、赤いwelcomeマットレスの上に
立った時、気づいた。3秒くらいは自動ドアの故障かと。開かないほど痩せ
てしまったのだと。
 
あの子には開いたのに? またかよ。絶好調なのにな。だるくないし息切
れもない。この前だって5キロのお米を軽々。

 それで、出て来る客を待った。

 それぞれが大きなレジ袋とトイレットロールを提げた初老の夫婦とすれ違
いに入った。トイレットペーパーの特売などには目もくれず、エスカレータ
ーで地階へ直行する。
 今日は何を買って食べるか、何を食べに食べて吐くかを決める暇もなく、
かごにぽんぽん放り込んで行く。レタス、きゅうり、小松菜、しめじ、もや
し。焼きそば、うどん玉、チルド餃子、ちくわ、ロースハム、卵。
 夜のひと時を満たして空っぽにするものなら何でも入れて行く。ポテトチ
ップス、おせんべい、クッキーチョコレートカップラーメンレトルトカレー
冷凍チャーハンハンバーグ、飢えを満たして自己嫌悪と一緒に便器へ吐き出
せるなら何でも。春雨サラダ春巻きえびチリ唐揚食パン菓子パン牛乳炭酸飲
料焼きプリンシブーストハーゲンダッツ。

 レジに並んで財布を出した。
 
ハ?

「ちょっと。こっちが先なんですけど」
 チェッカーの女は後ろの客を精算している。目の前に立っているのにシカ
トされて、ふと気づいた。このおばはんには聞こえていないのだ。
 あたりを見回すと、何事かとこちらを見やる人もいない。後ろの人がかご
を抱えて、立ち淀む私を追い越して行く。一瞥もなく。
 
ああ、そうだった。昨日もここで思い出したのだっけ。

 財布は確かに持っている。手触りも変わらない。お金も多分。ただ、黄色
のかごなど私に持てはしないのだった。ポテトチップスをほおばり、ドラム
スティックを噛みちぎることも、炊飯器を空にして喉に指を突っ込むことも
できないのか。
 それなのに、お腹が空いてたまらないのだ。駆られ続けている。毎日、毎
日、毎日だ。毎日なんてもうありはしないのに。
 私だけが残っている。排出され残っている。防犯カメラに幽かな幽かなノ
イズが出るだけなのに。


散文(批評随筆小説等) ノイズ Copyright salco 2011-07-15 00:43:38
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