自転車で日暮里駅まで
はだいろ

商店街も夜の十時を過ぎると、
シャッターががしゃんと下りていて、
さみしすぎるこころもよく感じられないまま、
彼女を自転車のうしろに乗せて、
ゆるいのぼりざかを、
声を合わせて、
よいしょよいしょと駆け上がる。


彼女がサラダを切っているとき、
ぼくは、
「根津権現裏」という小説を読んでいて、
(例の、芥川賞作家が心酔している、
おそろしくむごたらしい私小説だ)
やっぱりこころは寒くなり、
その寒さをじんと感じるために、
彼女とついさっきセックスをしたのかもしれない、
なんてしみじみしてしまう。
ラジオはJ-WAVEをつけっぱなし。
カレーが出来上がるまで、
サラダを肴に、
ふたりでビールを飲む。

月曜日から金曜日までが過ぎ去ると、
つもりにつもったいやな気持ちや、
ストレス(なんていいぐさではすまないような黒い塊)の重さに、
昨日は死んだように倒れていたけれど、
夜には志ん朝の「居残り佐平次」を楽しんだ。
今日は彼女がきて、
おへそのあたりに、みずうみのように、
ぼくの白い液をたっぷりと吐き出し、
買い物へ行って、
ごはんを食べて、
夏休みの予定を決めて、
日暮里の駅まで、送って行った。
そんな「やさしさ」が、
ぼくの、
彼女への愛ではなくて、
ぼくという人間のただの「やさしさ」であることを、
知っている事が、
きっと悲しい。

公園では、
子供たちが、お金がないのか、
コンビニの食べ物をひろげて、
立ち食いをしていた。
あんなに楽しそうな笑顔を、
もうぼくは、
ずっと持ち得ていないような気がする。






自由詩 自転車で日暮里駅まで Copyright はだいろ 2011-07-10 22:39:08
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