釘を抜く
yo-yo

学生のころ帰省の旅費を稼ぐため、廃材の釘抜きのアルバイトをしたことがある。
真夏の炎天下で一日中、バールやペンチを使って材木の釘を抜く。ただそれだけの単調な作業だった。

毎日、早稲田から荒川行きの都電に乗って、下町の小さな土建屋に通う。場所も忘れてしまったが、近くを小さな運河が流れていた。
朝行くと廃材置き場に、釘が打たれたままの木材が山積みされている。作業をするのは、ぼくがひとりきりだ。
社長である主人は、終日工事現場に出ているので会ったこともない。女主人もほとんど顔を出さないので、まったくの孤独な作業だった。ただ黙々と釘を抜くことに没頭するしかなかった。

現場で手荒く解体されたらしく、ほとんどの釘は曲がっていた。頭のとれた釘はバールが使えないのでペンチで抜く。
釘にはそれぞれの個性があり、素直な釘や頑固な釘があった。
木の個性と釘の個性が、むりやり合体させられていることもある。そんな釘を抜くときは、こちらも無理やりな力が要求された。
頑固な釘はしっかり頑固で、抜き取ったときは小さな勝利感にひたる。釘を抜かれた木はだらしなく横たわって、深いため息をついているようだった。

その夏の半分は、釘を抜く生活で過ぎた。
一日の作業を終えて運河の橋を渡るとき、潮の匂いが淀んだ川面を満たしていた。
ぼくにとってそれは海の匂いではなく、錆びた釘の匂いだった。その日にぼくが抜いた大量の釘の息が、夕方の運河を彷徨っているのだった。
どこかにあるだろう東京の海を、ぼくはまだ見たことがなかった。






自由詩 釘を抜く Copyright yo-yo 2011-07-04 06:32:22
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