自分の命
mizunomadoka

死期を悟ったと言って
父は仕事を辞めた
これからは好きなことだけして暮らすぞと言って
山奥の民家を買い
池と鶏舎つきだぞと笑った
週末に会いに行くと
家の改修を手伝わされた
鳥の世話も鍬を持つのも初めてだった

父はアルバムの写真を全部取りだして
家中に飾っていた
お母さんや私の子供の頃ばかり
池に菖蒲を植えた夜、「さみしくないの?」ときくと
「さみしいさ」と言って
やたらお金を渡したがった
「いらないよ。仕事辞めてどんどん元気になってるんだから
これからもいるでしょ」そう言うと
「そうだな」と頭をなでていた

次の春、父がいなくなった
ナイロビに行っていた私は
そのことを知らなかった
7月に帰国して、警察から山の捜索のことなどを聞かされた
通帳もなにもかも置いたまま
父はいなくなって
みつからなかった

何枚か写真がなくなってたこと
牛の子供を買うつもりだったらしいこと
私が養子で父にも親戚がなかったこと
せめて
事故じゃなければいいと思った
ちゃんと自分で選んだことなら
父さんらしいから
どこかで無事で
ひょっこり帰ってきて
「どうした?」って言ってくれたら

失踪届を出した帰りに
私は公園のベンチに座って泣いた

私には自分の命がわからなかった
一人きりになって
さみしかった





自由詩 自分の命 Copyright mizunomadoka 2011-07-03 18:01:43
notebook Home 戻る