邪魔にならないところに放っておいてくれ
ホロウ・シカエルボク







自動世界の歪みに落ち窪んで漏電
浮遊する未浄化のたましいたちが天井に残す曲線は
首吊り縄の正確な模写のようだ
水面の波紋のようないのちの明滅
電気仕掛けとおなじくらいに
電気仕掛けとおなじくらいに
年老いた老犬がまっすぐ歩けずに
溝に落ちて溺れ死ぬ音が聞こえる夏の始まり
湿度の中には不慮の死が潜んで涙を流している
六月の雨は
なにかを洗い流そうと躍起になっているみたいに思えるんだ
眠りを忘れた真夜中に落下するように目を開けていると
確かに誰かを殴りつけたような気がする、それが
本当に束の間の夢の中のことであったならいいのだけど
手をあげたという恥は簡単に消えたりはしないものだ
エアコンが静かに回転している
効果のない子守唄に聞こえる
寝床も風もなにもかもまとわりつくようで
時計だけがきちんと役割を果たしている
いつか少しの間していた仕事の中で
同じ相手に「出来ません」と説明し続けなければならないときがあった
たとえるならそんな光景によく似た今夜だ
居ない虫が身体を這い続ける感触が始まる
感覚的な存在にばかり脅かされている
上手く歩けなくなって溝に落ちた犬には子供がいた
長生きして痴呆になって死んだ
「あれはいつのことだった」と
言葉を付け足すことが多くなったのは
それだけ記憶が積もるまで生きてきてしまったということ
「きてしまった」なんて
べつだん深い意味を込めて口にしたわけでもないけれど
たとえば「死んでしまった」というような調子で
そんな言葉を使ってしまうときなんかそんなに珍しいことじゃないだろう
新しいものにしがみつきたくてどんどん古くなっていく
覚えたものが何度も練り上げられてゆく
難しいと感じてしまうのは
簡単に片付けられるようなことでは困るからさ
「きてしまった」と、「死んでしまった」と
それは同じことさ
それは同じこと
ほんとうの眠りだけが抜かれた睡魔が頭を次第に重くする
眠りたい理由なんて特別あるわけじゃなかった
一匹の子蜘蛛を殺さずに逃がした
夜は殺した方がいいらしいけれど
ジンクスで殺される命なんて雑にもほどがある
打ちたくないから打たなかっただけさ
そいつは首筋を掻くように這っていた
口をすぼめて吹くと部屋の隅へ飛んで行ってしまった
どこまで飛んでいったのかなんてどんなに目を凝らしてもきっと判らないだろう
すぐに殺せそうなものほど殺せないものさ
確かにそんな風に感じるものが他にもひとつあるだろう?
ゆるやかに痺れる脳髄は電気仕掛けの夢を見る
それはすなわち臨終の様な景色かもしれない
ああ電気で命を計測される生物に生まれて来ちまった
嘆いて見せてもなにが変わるわけでもない
この身体はどこにも埋葬しないでほしい
勝手に灰になって消えてしまうまで邪魔にならないところに放っておいてくれ
たましいが自由になれるのなら
肉体もそうして欲しいと思うからさ
ガソリンの風が西側車線を走りぬけてゆく
きっとそのまま港から海へダイブするのだ
午前一時半の懸命なアクセルはそんな説得力を持っている
なのに誰もそれにただしい色をつけようとはしない
ヘッドライトが明るく進行方向だけを照らすから
それ以外の場所に潜んでいるもののことはなにも見えることはない








自由詩 邪魔にならないところに放っておいてくれ Copyright ホロウ・シカエルボク 2011-06-28 01:43:26
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