みばう
salco

喪服の下の
白い脚は過去を歩き始めたところ
涼しい顔でさめざめ泣いていても
明日からその真中にあるのは地獄の口
図太く生き残っている女を罰する為
死んだ亭主が夜ごと徘徊する
そのたおやかな厚顔無恥を戒める為
黒枠の亭主が凌辱しに来る
虫すだく夜も
音をひしぐ雪の夜も
満月の純情が直立不動で歌う夜も

清やかな朝の青磁色で顔を洗い
澄まし込んでいる女房に
お前は汚れているのだよと耳打ちする
昼過ぎにはすっかり一日に飽いて
あらぬ方へ歌口ずさんでいた
少女趣味にはほとほと手を焼いていたから
ふらふら歩き回って
生真面目な青年なぞに出くわさぬよう
その頑丈な脊椎や滑らかな大胸筋
隆起した大臀筋のせいで
面目を潰されては堪らぬのだと

この手淫胡弓の十銭売女め
真夜中に亭主が出て来て
耳に冷たい息を吐きかけるのだよ
悲しい俺の為に弾くがいい、
寒がりな俺の為にもっと激しく擦るのだ
このように亭主は咳血にこけた胸板を
優しくたわむ乳房に重ねて命じる
落命の無念が亡霊の執念となり、
早くも褪せつつある肖像の目に宿り
淫欲の焔となって
須弥壇の冷えた燭の燈芯に、
灰に埋もれた線香の黒焦げた先端に
棲まうのだから

お前はほれ、
こうして可愛く応えたものだろう?
あとからあとから溢れる悦びの水源に
肘まで腕を突込んで、亭主は促す
肚の内奥に
亭主の指先だけが知るツマミがあり
それを回しているのだ
それは水いぼのように微細な突起で
番号が一から三十一まで振ってあり
幾つか仕込んだ暗号の組合せを一つずつ
一つずつを調整している
そこには登記謄本や実印や
家作の上がりも入っているのだから
明日も過去の箱入なのだと
知らしめてやらぬと、
石女が野良仔を孕むようでは困るのだ
苦労なことだよ

それで、未亡人
浴衣を出た白い脚は走っているところ
半ばは苦悶に眉間を立てて
響かぬ悲鳴を上げながら
首のない馬に跨って地熱揺らめくこの世の涯を


自由詩 みばう Copyright salco 2011-06-08 00:30:42
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