マイ・レヴォルーショナル・エステティック
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モンキーズ・ダイジェスト

      エステティックサロン ビッチクラフト代表 竹野ユメ講演
                 「美の魔術師と呼ばれて」より抜粋


 (略)体内物質の不足を経口で補おうとしたところで、消化器官を通れ
ば、それは糖や蛋白質に分解されてしまい、継続摂取しても細胞レベルの
分子として貯蔵されるわけではありません。スッポンやフカヒレのコラー
ゲンも、お肌ぷるぷるしっとり感の束の間に、大腸へ達して排出を待つヌ
カ喜びでしかないのです。ナノテクノロジーも、毛穴に浸透はしても分泌
ではありませんから、持続効果はありません。お肌が乾けばそれで終わり
ということです。
 化学薬品やレーザー光線で強制的に表皮を再生させるピーリングも、い
うなればやけどですから相応の負担をかけますし、日焼け程度のダメージ
だとしても、ひと皮剥けたお肌のつるつる感がどれだけもつかは知れた話
でしょう。赤ちゃん肌の女性などテレビコマーシャルのたわ言でしかない
のはとりも直さず、彼女が赤ちゃんではないからなのです。

 それで、ひと頃はヒアルロン酸やボトックス注射が流行ったものです
が、あれも体内吸収されてしまうので、定期的に医療機関で処置を受けな
ければならず、保険が利かない為に富裕層や、それを経費で落とせる職種
の方々しか利用できませんでした。
 毎日の厳格な栄養管理や適度な運動、入念なお手入れさえ細胞の老化そ
のものを止めることはできませんから、やはり持続時間の長さを求めると
なると、頭皮にメスを入れて縫い縮めたり皮下に医療用糸を通すリフトア
ップが、結局はいちばん経済的だったわけですね。そして外科手術の例に
もれず、その弊害は医師の技量や回数によって不自然な顔貌を形成してし
まう不幸を間々、もたらすのでした。
 尤も、だからこそわたくし共の業界が潤う道理なのですが、やはり実業
家である以前に一女性である以上は、わたくしも常々、我が身の老化に対
して忸怩たる思いを抱かずにはいられません。
 皮肉にも、何者でもなく貧しかった頃は、「竹野さんって本当にスタイ
ルいいのね」とクラスメイトに褒めそやされ、当時想いを寄せていた先輩
にも、「おめえ、顔はどってことねえけどいい体してんでねえかよ」と認
めてもらい、うれしくてつい千曲川の堤防を下りてしまったほどでした
が、(略)

 そこで、わたくし竹野にある日、まるで神託のようなアイデアが降りた
のでした。何のことはない、幾多の偉大な着想同様、発想の転換なので
す。それはわたくしが愛する夫とロングコート・チワワのペリとドットの
三匹をキングサイズのベッドに残して仕事に向かう毎朝恒例の出陣式、ウ
ォークイン・クローゼットの中での出来事でした。
 思えば四十代も後半、すっかり弾性を失い、波打ち際で揺れるクラゲさ
ながらになってしまったバストをフランス製ブラジャーに収めようと背を
屈め、脇のお肉ごとカップに寄せ集めた刹那でした。因みに素材はイタリ
アンシルク、エンブロダイリーレースはオートクチュールでも使われるス
イス製、内部のパッドはNASA開発の高反発性特殊ウレタン「Bye Grav.
®」だったと記憶します。
「そうよ!」
 つい大声を上げてしまったものですから、驚いたドットちゃんの吠声が
ドア越しに聞こえました。
 そうよ、ブラジャーよ。これぞ護送船団方式。これならば外見上は完璧
で、肌に無用な負担をかける事もない……。

 余談ながら、あり余る資産を築き上げたにも関わらず、何故わたくしが
ことバストに関しては自己投資しないかと申しますと、シリコンなどとい
う、ガラスや浴室の防水充填剤として使われる化学物質を体内に入れて誤
魔化すのは、エステティシャンとしてのプライドが許さないのが一つ。こ
れは脂肪吸引カニューレの導入孔を開けるコンデンスリッチ法も同様で
す。今一つは、表層的な魅力でなしに、財力で年若い夫を繋ぎ止めている
のだという、揺るぎない自信があるからなのでした。
 さて、次に私が何をしたか。出社後さっそく社長室に部下を集め、特許
庁に提出する実用新案の書類を作成し、樹脂製造企業に片っ端から電話を
かけたのでした。(略)

 こうして隠密裏の研究開発に着手すること一年半、ようやく実現化へこ
ぎつけ、マッサージが主力のエステ業界に一大革命をもたらします。
 (略)この斬新で効果抜群の施術は当初、気象条件によっては剝離しや
すくなる、専用の剥離フォームで洗顔してもまだらに残る、皮膚呼吸が妨
げられ長時間着用できないなど幾つか問題点がありましたが、材料比率の
工夫と、ナノレベルでの多孔化による材質の改良で見事に克服し、現在で
は「ザ・ユメックス・セオリー」として確立、惜しみなく全国の同業他社
へ技術提供している次第でありますことは、皆様もニュースや情報番組で
よくご存じのことと存じます(ママ)。
 消費者の皆様の熱いご要望にも支えられ、このたびはコスメ業界様から
提携のお話を頂き、来年度からの市販化へ向け鋭意製品開発に着手したと
ころでございますから、「エステはちょっと敷居が高くて」とお悩みの皆
様、今しばらくご辛抱下さいませ。

 何かを隠蔽しようと思えば、仮面に勝る手段はないのです。
 厚さ僅か0.0八二ミリの強靭な樹脂を定着させる、この乾燥の過程で
成分中の水分が飛び分子が引き合うわけですが、同時に引っ張られる皮膚
の溝は被膜にぴったり密着している為に、剥がさぬ限り戻ることはありま
せん。
 それでいて表情筋に影響は及ばず、汗も出れば皮脂も排出される。もち
ろん、幾重にお化粧しようと変わりありません。個人差はあれ、今のとこ
ろ周縁部で微細な撚れが生じるまでに約三週間。これは逐次改良して参り
ますから、早晩月単位に延長され、いずれは年単位も決して夢ではないの
です。
 この分子工学によってもたらされた若さの装着を看破できる男性は、世
におりますまい。何しろ殿方の視力には、ある状況下で焦慮というフィル
ターがかかりますし、お客様の中にはご本人さえもがその自然な装着感
に、つい実態を忘れておしまいになり、大変な落差にその都度打ちひしが
れる方もいらっしゃるほどです。
 皆様おっしゃいます、
「先生のお蔭で、見たくないものがまた一つ増えてしまいましたわ」と。
 そんな時の私の胸中は、複雑としか申しようがありません。ですからゆ
くゆくは、全身対応のボディーマスクも提供させて頂きませんと(ママ)
といけませんね。

 普及化を前にして、唯一の懸念は悪用も一般化してしまうことですが、
つい先日、男性を騙したとして刑事告訴された娼婦の例も現にございまし
た。
 あのお客様はあまりに乏しい国民年金を、それでも食べる物も食べずに
節約して、やっと貯めたお代金をお支払い頂いたのだと、わたくしの弟子
も新聞報道で知った由。そして申しました。
「でも先生、夜目でも六十二歳が二十六歳ぐらいに見えたなんて、ビッチ
クラフトの勝利ですよ」と。
 それはともかく、婆さんなど誰が抱きたいかと男性の皆さんは憤慨なさ
るのでしょう。けれども六十過ぎたお年寄りが貧窮から逃れようと思え
ば、体を売らなければならない我が国の福祉行政にこそ着目点があるのだ
と、わたくし個人は思うのです。また弊社の顧問弁護士が雑談の折に申し
ますには、それで法外な料金を取ったわけではないので、詐欺罪よりも売
春防止法で裁かれ、情状酌量で実刑を免れる公算も高いとのことでした。

 このように、年齢詐称は私文書や公文書の上では犯罪として成立します
けれども、男女関係に絡む虚偽の内、金銭搾取でない場合はさしたる実害
も発生しないわけですから、わたくし共としてはさほど重大には捉えてお
りません。することが同じで口径も大差ない、感度も満足度も変わりない
のなら、損害を言い立てたところで、その男性にとっては若い女も老女も
実質的に同等だったという話でしょう。
 それに、わたくし共が提供いたしますのはあくまでも美容品であり、虚
偽の教唆ではございません。女性であれ男性であれ、限りある人生を楽し
む為の、ほんのお手伝いに過ぎないのです。
 いつまでも若く美しくありたい。
 これは万古不変、万人共通の悲願であり、手段さえ叶えられれば、貴賤
の別なく誰もが自由意思で選択できる、権利行使の機会に他ならないので
すから。


(司会者)
 ではここで、本年の『竹野ユメ ビッチクラフト ビューティーコンテ
スト』決勝大会の東京代表、下井草克子さんにご登場頂きましょう。
 下井草さんは御年六十一歳のパートタイマー。体力と記憶力以外は若い
者に負けないと、毎朝セーラー服でお近くの高校の正門をくぐり、裏門に
抜けて通勤していらっしゃいます。(略)


散文(批評随筆小説等) マイ・レヴォルーショナル・エステティック Copyright salco 2011-06-01 22:49:00
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