この空を知っている
小池房枝
この空を知っている
この空の青さを憶えてる
台風が洗っていったんだね
空の低いところを
いつもとは反対向きに走っていく雲たちがいる
空の高いところでは
動かないように見えていても
それでいて流れている雲たちがいる
いつもと同じように
この空を知っている
吹く風の強さを知っている
天頂の太陽近くを通る雲はどれも彩雲だ
低い雲は通り過ぎるときに
高い雲はいつまでもそのままではっきりと
瑠璃に
ピンクに
空は大きな阿古屋貝
の内側の
あわびの虹色のような
抱かれている真珠は太陽なのか
太陽こそが丸く硬く凝りはせぬ真珠たちを
風のまにまに抱えているのか
ただ青い空の青さ
何かの表面色でも光源色でもなく
ただ青い空の青さ
いつもこの空の色をしていた南の島を知っている
海は海の色をしていた
空は空の色をしていた
どんなにか強い風だろうに
飛行機たちがもう銀色になって飛んで行く
どこまで
私が覚えてる南の島まで
どの高さを
向きの違う雲と雲の間を
対流圏の中のちょうど前線境界面を
なんてことはないだろうな
操縦してる人は大変だろう
けれどもどんなにか美しい世界だろう
衣の雲が
絹雲が織られながらほどかれてはまた結ばれていく
雲粒たちのめまぐるしい生々滅々
シーラス
アルトキュムラス
キュムロニンバス
黒猪子もいるね
白い羊たちに混じってなぜ君だけときどき黒い
そういうものか
来るときには箱根連山に足をとられた
行ってからは丹沢山系がまた雲たちを流している
風たちを
海のほうへ