便りがないのはよい便り
あおば

            110527


それで
お父様はいつお帰りですか?
夏には必ず帰りますと返事をしたら
その頃またお電話差し上げますと切れた
どこの誰だか分からない
知人でないのは明らかなので
構わない
気にしない
夏になり
電話が鳴って
驚いて父の声でどなたさまでとくぐもり声で
慇懃に頭を下げる
しげる!
なに巫山戯てるの
おかあさんに早く代わってと
姉貴の声
なにしろ記憶のない頃に
母親代わりにおぶさった手前
今でも頭が上がらない
姉は姉
弟はいつまでも弟で
序列変更は困難で
口惜しくても諦めるしかない

先行きの見込みが薄いから
田畑を畳み
上京しようとも考えているようですが
中年を過ぎての新たな東京での立生の道は
近頃、想像以上に難しいですから
ここのところは思いとどまった方が良いと小生考えますと
考えるのが下手くそな父の几帳面な文字が浮かび上がり
無骨だが
意味だけは通じるそのことばに
戦友は古里に留まったようで
その後の便りの有無は分からない
無口な父がことばを向けるのは
家族以外の利害関係のない人で
その流暢な東京弁には驚かされる
なんて具体的で分かりやすい説明なんでしょうと
感嘆の世辞を聞く度に
端から頭の上がらない相手がここにも居たんだなと
便りのないことをいいことに決めつけた





「poenique」の「即興ゴルコンダ」投稿作を修正。タイトルは、ひかり。さん



自由詩 便りがないのはよい便り Copyright あおば 2011-05-27 18:19:45
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