五月の童話
salco

南の男

慙愧の塩漬け

塩を汲みに塩湖へ踏み込んだ男は
深みに足を取られてずぶずぶ沈む
攣るほど力を入れ右足を持ち上げたが
反動でひっくり返ると
もがくほど結晶に沈んで行った
ひもじい女は近づく男を迎え
新しい夫は子を始末して
夜の香りと死を楽しんで生きた
塩湖の男はひりひりと塩水に侵されて死に
浸透圧で体液が滲み出た為に
脂肪が白蝋化して石鹸ほどに固くなり
腐りもせずに保存された
今は博物館のケイ素の中で
苦悶を留めて口を開け
勾縮の手指を茨さながら天に差し出し
絶息の一音を、まるで歌うようだ



北の女

ささら

初七日を迎えて女は
入浴が億劫になった
それで勤めに出るのが億劫になり
一年半を家に籠った
洗わぬ頭を毛糸の帽子と
洗わぬ体を亡夫のコートに包み
駅前のATMへ出
食を買い込み家に戻る
朝はシリアルに牛乳を注ぎ
昼はヌードルに熱湯を注ぎ
愛咬も発語もない口をゆすがず
冷えたテレビを見つめて動かず
夜が更ければ埋もれて眠る
何故何故問うのはいつしか忘れた

家財を取られるまで
二年半をそうして暮らした
家屋を取られるまで
六年半をそうして暮らした
歯はもう七本
軋む膝を運んで今日も
簓女が町を行く
綿埃や紙片や糸屑、食べ滓や抜け毛
枯れ葉や虫の死骸や土、種子胞子を
頭の先から足の底までくっつけて
集塵しながら町を行く
悪臭を曳いて道を行く
垢のお面を着けて行く
無い物だけ有って行く


自由詩 五月の童話 Copyright salco 2011-05-20 22:10:28
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