かなしみ
木屋 亞万

かなしみを抱えている
それは乳房
もとはひとつの
おおきなやわらかい
かたまりだった
それが
たえがたい苦しみと
痛みをともないながら
二つに引き裂かれて
胸の前にはりついている
つかずはなれず
ゆれている

かなしみを敷いている
それは尻
もとはただの穴だった
口から始まる管の終り
尻が何かを踏み敷くたびに
尻自身も身体にふみつけられてきた
そのやわらかなふくらみには
白いかなしみが詰まっている
つめたい石にすわるたびに
皮ふからじんわり
かなしみの波

かなしみを蓄えている
それは肺
はりさけそうな白い骨に
つかまれて膨らむ
二つの器官
吸って吐いて吸って吐いて
生まれてから死ぬまで
やめることのできない呼吸
それは手ごたえのない生きる証
空気は腹へは入らない
どれだけ深く吸い込んでも
胸の中をぐるぐるまわる

かなしみがわたしの足をとめる
気づけばずっと
下を向いて歩いていた
空を見上げると
漠然とした水色が
とてもかなしげに
まるで存在していないように
無い口を開けて
無い瞳からぼろぼろと
涙をこぼす

雲ひとつないのに
雨が降る日は
かなしいのが
わたしだけではないのだと
おしえてくれる
貴重な日です

わたしもあのように
涙をぼたぼたと
こぼすことができたならば
かなしみをうまく吐き出せたならば
言葉にすがらずに済むのに

かなしみを捨てるつもりはない
ただもうすこしかなしみが
かるいほうが
あるくとき楽だし
もっととおくへ行けるような
気がして
きょうもかなしくあるく
あるく


自由詩 かなしみ Copyright 木屋 亞万 2011-05-16 01:29:37
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