午後の紅茶
salco

 世事に疎い過去に学んだマ〈リ〉ーは、時事に関心を向けるよう努めて
 いた

マ〈リ〉ー アントワネット(以下マア)
    カントゥー地震の折は、火事だったのね?

ポリニャック伯爵夫人(以下ポフ)
    はい、家屋の下敷きになった者も多かったと書いてございます。

マア  それは変ね。木と紙の小屋に住まう民なのに?

ポフ  さようでございますわね。

マア  □アンシナワジィの時は何と?

ポフ  やはり下敷きになった者が大半、と。

マア  木と紙の小屋に住まう民なのに? それも変ね。

ポフ  生活程度が幾分か、改善されたやに聞いておりますけれど。

マア  ……それで小屋が重たくなったのかしら。

ポフ  ご明察! きっとそれに違いありませんわ!

マア  それで、この度はツュナミィなる現象による民なのね?

ポフ  ええ、そのようでございますわ。

マア  時にこの、原子力発電所というのは如何なるものなの?

ポフ  さあ。それだけはわたくしにも皆目…。

マア  民が怯える、見えぬ線とは如何なるものなのかしら。

ポフ  さあ。多分、精霊か悪霊のたぐいではないかと。わたくし昨晩考
    えてみたのですけれど。

マア  それに遭うのを恐れるというのね? わかるわ。でも神の御業は
    眩い光を放ち、魔は後ろ暗い悦楽で射すのではなくて? 

ポフ  さようでございますとも。まさしく我らが大フランスの王統、ブ
    ルボン王朝を加護するたちのものどもでございますわ。

マア  それにしても、大地が身震いすると大波が襲いかかって来るなん
    て、何ということ。アムー〈ル〉の手筈とは順序が逆なのね? 

ポフ  まぁ、本当に。ご彗眼ですわ、妃殿下!

マア  それに、低地に町作りなどするものではないわね?

ポフ  全くですわ。如何せんジャポンは全土をラ・メェー〈ル〉に取り
    囲まれているのだそうで。

マア  それくらいは知っていますよ。いけ好かないアングルテェー〈ル〉イングランド
    と一緒ね。けれどジャポンは確か、山国でもあるのでしょう?

ポフ  はい、平地の行く手を必ずや山々が遮る狭小国だと申しますわ。

マア  それならザルツブ〈ル〉グと同じような高原や、丘ぐらいあるでし
    ょうに?

ポフ  はい、何せ小さな国ですから、なだらかに小高い土地は限られてお
    りますようで。確か、そのような地所のお値段が黄金の国と呼ばれ
    るゆえんなのだとか。

マア  あなた、あの分厚いご本を読んだの? 目を悪くしてよ、アミィ。

ポフ  おゝ、お気遣いかたじけのうございます。実は、読みましたわけで
    はございませんの。聞くところによりますと、ジャポンでは、そう
    した不便な地域には中産階級より上が住まう習いなのですって。

マア  それでは、大挙して参ったこの度の者達も、庶民階級ばかりだと?

ポフ  あら。まあ、さようでございましょうねぇ。

マア  では〈レ〉ヴォルシオンが起こるではありませんか。 

ポフ  えっ、再たコンコ〈ル〉ド広場へ…。

マア  そうよ、庶民というものはお腹が空くと途端に、富裕の安楽へと矛
    先を向けるのだもの。どうしましょう、もう差し出す物が無くてよ?

ポフ  おゝ! おいたわしゅうございます!

マア  ジャポネエズは何を要求して来るの? わたくし首も無いのに?


 忽然と人民服的近視矯正眼鏡装着東洋老人が登場
    妃殿下。恐らくそれは、再教育と再利用かと。

マア  あなたは確か……、先頃ジャポンの傀儡となったシンの皇帝ね?

愛新覚羅溥儀(以下アプー)
    それは幼い頃の肩書で、皇帝の最終履歴は満州国です。私の事は
    ただ、ヘンリーとお呼び下さい。

マア  では□アン〈リ〉ィ、それであなたは〈リ〉エデュケシオンと
    〈リ〉サイクレエ〈ル〉をされた、とおっしゃるの?

アプー ええ、中華人民共和国政府は朕、いや私を庶民階級に再教育し、
    党員として再利用してくれました。

マア  それだけで済んだのですか? 〈レ〉ヴォルシオンで?

アプー ええ、紆余曲折はありましたが、首都で平穏な生活をして、最終
    的には病没を。

マア  生活を、革命政府が保証してくれたと? すると退位の見返りと
    して枢機卿にでもおなりに?

アプー いえ、我が国の国教は政治思想ですから、市民として自活できる
    よう思想教育と生活訓練を受けたのですよ。再婚もしました。

マア  自活? では領地を下賜されるなどして、自給自足を余儀なくさ
    れたのですか?

アプー いえいえ、庭師になり植物園に勤務したのです。アイロンかけも
    できますよ。

マア  庭師? アイロンかけ……おゝ。(気絶)

ポフ  妃殿下! 大変だわ。オー〈ル〉ボアー〈ル〉、アミィ。(逃亡)



〈 〉フランス語のR … 下前歯の裏に舌先を当て、喀痰の要領で喉の
             奥から息を吐く(痰は無用)
 □ フランス語のH … 語頭のHは発音しない




散文(批評随筆小説等) 午後の紅茶 Copyright salco 2011-04-24 22:52:03
notebook Home 戻る  過去 未来