春に酔う
石川敬大
 川面で光の魚がはねている
 春と霞を点描で描くのはぼくではない
 土手の並木の樹勢のなかを
 グングンふくらみ育ってゆくもの
 ふくらみみもだえて勢いを増してゆくもの
 樹幹で吸いあげる
 水分は
 ツブツブの泡になるやまいである
 一種のシャボンとして七色に輝く
 あわい綿毛の微風が
 痛んだからだをやさしくつつみこんでくる
 ふるふる ふる、ふるえる
 パチン
 と、はじけとぶ
 ネコがひとつ大きな欠伸をした
 赤くかわいい舌がのぞいた
 ひかりに触れるとハレーションをおこす
 川面は一面の白銀である
 ( 滞る ことで
 ( 腐る ものにも 名前を与えて
 これとそれとを峻別しなければならない
 遠くの動かない山には残雪を置いて
 あそこはまだ
 冬です
 と、声高に言おう
 掌に乗せるとひややかな花びらの
 樹勢には手が添えられていて
 パチン パチン
 と、はじけ
 空に、かけのぼってゆく
 声なき声にも光の音楽は奏でられている
 なにひとつ答えられない、これが
 やまいでなくてなんだというのか
 と、ぼくは日記に書く
 滞った雲に空の鍵盤がある
 伸びあがって春を手づかみする
 と
 椿が
 かたわらで
 そっと涙をこぼした
 
