種屋
山人

 その店はあった。
 丘の上にポツリと立ち、遠く工場の白い煙がもくもくたなびいている。小さな木製の看板に無造作に書かれた、種屋、の文字、周りはトタン板で覆われ、回りには見たこともない草が生えている。奇妙な芋虫がずるずると這い回っており、そこにはおちょくったようなカラス達がのそのそと動き回り、夥しい数の芋虫を啄ばんでいる。
 怠惰を発散させるような午後の陽射しは重い。そんな陽射しが訪れ始めると、客が動き始める。客はごく普通の人に見えた。
 客が店に入ると、中からひらひらした店主が出てきて、それぞれに応対を始めた。
 何の種なんだろう、店に入ると種などどこにも売られていなかった。
 ガラスの瓶には臓物がグラム単位で売られており、骨や血液、眼球などが所狭しと置かれている。別な場所には、干からびた木の葉や枯れ枝、瘡蓋などの比較的乾燥系の品が置かれている。
 臓物を購入した人は臍の穴を千枚どうしでさらに広げてねじ込んでいるし、店主に手伝ってもらいながら頭蓋を外し、透明な脳味噌を入れてもらったりしている。瘡蓋を買った者は、ぺしゃりと皮膚に擦り付けて揚々と引き上げていくのだった。
 「乾いた風を一つ・・」という客に、店主は向こう側の戸を開け、巨大なビニール袋を掲げて客に渡した。客はあまりの嬉しさに、顔の皮膚がぱらぱらと土間に落ちていくのだった。
 最後は私の番になった。店の奥にある大きな麻袋が目についた。「アレは何ですか?」と訪ねると、店主はおどけたように首を傾げ、「アレは、ちょっとした非売品だよ」そう言った。「どうしても欲しいという人には相談させていただいているが・・・」口を濁した店主であった。
 どしりとテーブルに置くと、中から菓子の乾燥剤のような小袋がたくさん詰められていた。ひらひらした顔の皮をめくり、店主は饒舌に話を始めた。
 うちの客は見てのとおり変わった客だが、普通の人でもある。むしろうちの店が変わっているのだ。だが、最近はあまり売れなくなった。乾いた風・・などは、以前は飛ぶように売れたが、今は半値でも売れない。次から次へと新しいものが生まれていっては死んでゆく。今は非売品だがこれを売るしか生き残る道はないのかもしれない。
 そう店主は言った。
 見るとその小袋には、ガムテープが張られていて、商品の名前が隠されているのだ。
 ただ、こいつはね、あまり多く使うと本当にやばいことになるかも知れない、つまり適量を用いるってこと、折角だからあんたに一袋あげるよ。
 そう言ってガムテープを剥がすと、○○○乾燥薬、と書かれてあった。


自由詩 種屋 Copyright 山人 2011-04-09 06:15:39
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