廃校に立つ未来の子どもたちに
石川敬大




 棚が倒れて割れた窓ガラスや試験管
 フラスコやビーカーが床に散乱している
 海水に浸された真綿が入るシャーレが傾いて静まっている
 実験室の椅子にすわるかれの顔をおぼえていない

 もちろんぼくだって
 黒板の前に立つ先生の後姿が
 蟷螂の羽のように透き通って脆くこわれる

 過去完了形のふるい写真のような学校に
 なぜぼくらはすみつづけることができないのか
 助けてほしいなんて言わない思わない
 なぜガレキのように死んではいけないのかを教えてほしい
 海のむこうの空のむこうに逃げ去って帰ってこない
 蜃気楼のような白雲を
 空の未来完了形を
 ぼくらはまだ信じることができないのだ

 だれがみていなくても
 川ぞいの土手には
 もうすぐ並木の桜が咲きほこる

 この折れ曲がったピンセットは友だちが使っていた
 だれかの上履きの片方が職員室につづく廊下の端に落ちている
 実体があるようでもユーレイにしかみえない
 ひとを裏切るようにあたたかい体温をもっている輪郭を
 指先でなぞると
 子犬のようにほのかな温みがある

 瞬間という針先にかろうじて生きている
 ぼくらの危うい現在完了進行形は
 ながくのびた彗星のしっぽ
 ふりかえればすべては過去で幻想なのかもしれない

 海のガレキがひろがる
 無一文の扉の前にたたずむ
 ぼくの
 みず浸しの鼓膜に
 声にならない声が小波のように打ち寄せてきた






自由詩 廃校に立つ未来の子どもたちに Copyright 石川敬大 2011-04-02 10:18:48
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