殺戮のスモウ取り
オノ

明け方、10人目の被害者が見付かった。
大雪で逃げ場のないホテルで、人々は各々の恐怖と
寒さに震えながら戦っていた。
10人目の被害者の名前は、坂上圭子。
ホテルにスキー合宿で来ていた女子大生だった。
犯人が狙うのはだいたい若い女性。
それから、女性と一緒に歩いていた場合は男も殺される。
嫉妬心?
だとしたら単純だ。身勝手すぎる。

明け方の事件で被害者の悲鳴を聞いて駆けつけた
用務員の証言でも犯人像にぶれはなかった。
目方190センチはあろうかという大男。
羽織袴。
結った髷。
恐らくは角界を追われたやさぐれ相撲取りだろう。
動きの遅い相撲取りになぜ?と思うかもしれない。
しかし、ある男子大学生のケースでは、長い廊下の真っ只中を、
後ろから追いついて殺した形跡もあった。
バスは運行休止。
誰かが呼んだタクシーも雪でふさがれた道を引き返してしまった。

この大雪の中を自分の足で犯人に見付からずに逃げ切れるだろうか?
私は考えてみた。
私は・・・私は何とか逃げ切れる自信がある。
ラグビーの経験があり、短距離にしろ長距離にしろ素人には
そうそう捕まらないだろう。
だが、美穂子は・・・?
足のリハビリのためにこの地を訪れ、まだ十分に感覚のない
美穂子が犯人に見付かったらどうやって・・・

私は裏口から雪で覆われた庭園に出て、窓越しに人々の
混乱ぶりを見ていた。
大学生のグループ数人が手足を振り乱してなにか話し合っている。
その中には窓から外を眺める美穂子の姿もあった。
美穂子は不安げな目であたりを見回したあと、何かに気付いたような
表情をして車椅子を後ろに走らせた。
私もすかさず辺りを見回したが、濃い雪の中で何も確認できなかった。
美穂子・・・
大丈夫だ。いざとなったら俺がお前を守ってやる。
必ず・・・。
私は念のため、それから寒さもあってホテルに戻ることにした。
いずれにせよ、犯人のしっぽを掴むまでは無駄に動かないほうがいい・・・

裏口からホテルへ戻ろうとすると、さらにぐるりと回った位置にある
倉庫のほうからガタガタと物音がする。
まさか・・・犯人が?
私は慌てて物陰に隠れて、角から音の正体が現れるのを待った。
角から現れたのは2メートルはあろうかという大きな・・・
荷物を引いたホテルのオーナーだった。
私はあきれて話しかけた。
「何をしているんです。」
「決まっているでしょう!逃げるんです。」
「他の大勢の客を置いて?それは食料ですか?」
「他の奴なんて知ったことじゃない!
私はこの狂った場所から一刻も早く逃れたいんだ!
こんなド田舎の僻地で殺されるなんてたまったもんじゃない!」
オーナーは苛立った様子でまくし立てていた。
「しかし、そんな大荷物を抱えて雪の中を逃げるなんて
得策とは思えません。
身動きも取れないし、犯人だって食料は必要としてるはずだ。
カモがネギをしょって歩いてるようなものです。」
「いいや。いま客どもが話し合って、ロビーに一箇所に集まって
極力そこで過ごすことに決まったんだ。
俺の勘では犯人の野郎は必ずそこを監視している。
そして誰かがロビーを抜けたら、一人になったところへ
先回りしてじりじり殺していくのさ。一人ひとりね。
だから、奴の注意がロビーに向かっている今、こっそり
逃げ出すことのできる俺だけが、生き残れるってわけさ。」
何て身勝手なやつだ・・・
殺されてしまってもかまわない。
俺はそういう気持ちでオーナーを止めるのをあきらめた。
裏口からさほど距離もない、ホテルの駐車場の裏手のあたりで
オーナーの死骸と荒らされた荷物が発見されたのは
それから数時間後、日が落ちて間もなくのことだった。
食料は再びロビーに戻された。

日没二時間後。停電が起きた。
わずかな雪明りをのぞいては完全な闇。
大雪による断線か、それとも犯人が手動でブレーカーを
落としたのかは判別がつかない。
しかし、いずれにしろこの闇が続くことは危険だ。
大学生4人のグループがブレーカーのある管理室まで
様子を見に行くことになった。
唯一の懐中電灯と、弱弱しい果物ナイフ数本を持って。

ロビーには静寂が現れた。
人々は震えるばかりで何も考えようとしなかった。
ただ中心に据えられた柱時計が、意味もなく時間を刻む音が響いた。
すると、暗闇を裂くように中年男性のヒステリックな声が聞こえた。
「おい、あんた、大丈夫か。血が出てるぞ。」
呼びかける男の声がだんだん上ずっていった。
「おい、死んでる!死んでるぞ!さっきまで生きてたのに!」
群集がパニックを起こすのには時間がかからなかった。
犯人がこの中にいるのだ。
武装した大学生たちがライトを持って出て行ったあと、
入れ替わりにロビーに入ってくるこのチャンスを待っていたのだ。
「落ち着け!怪しい奴がいたら取り押さえるんだ!
そうじゃなきゃ無駄に走り回ったりするなよ!」
私は叫んだ。しかし、その他の奇声、怒声のほうが
はるかに大きかった。
「ギャー!誰か助けて!」
私のすぐ前方で奇声が上がった。
「相撲取りだ!そこにいるぞ!」
「やだ!死にたくない!」
「死体が転がってるぞ!」
あちこちで怒号が飛び交った。
どの声も、理不尽な死に囲まれた境遇に対する
怒りと恐怖に満ちていた。
「逃げろ!ロビーにいても皆殺しだ!
管理室を目指せ!」
そんな声がしたが、相変わらず人々の目指す方向はばらばらで、
それゆえにますます状況は危険になっていった。
「美穂子は・・・」
わたしは必死に美穂子を探した。
きっと美穂子の車椅子は、雪明りを反射してきらめくはずだ。
車椅子の美穂子がこの混乱に巻き込まれたら、ちょっとした
怪我では済まないかもしれない。
「美穂子ーーーー!!どこだーーー!!!」
私は叫んだ。
他の人も皆、各々の探す人の名前を叫んでいた。
もっとも、その一部は既に事切れているはずだった。
「どうしてこんなことに・・・」
私は自分の運命を呪った。
もうどこへも引き返すこともできない。
せめて美穂子だけは守ってあげたい、その一心が、
その一心だけが私の体を衝き動かした。
混沌とした暗闇の中を夢中で走り回った。
ちくしょう・・・この殺戮はいつまで続くんだ。
本当に怖いでごわす。


自由詩 殺戮のスモウ取り Copyright オノ 2011-03-26 19:30:50
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