なかないいのち
ベンジャミン

捨て猫だった
やせっぽっちで
瞳ばかりが大きいだけの
頬ずりしたくても顔が小さすぎて
両手のひらにおさまってしまうくらいの
けれどあたたかな体温をもっていて
まるで熱のかたまりみたいな
そんな いのちだった

つれてかえったときにはもう
自分では立ち上がれないほど弱っていて
口を小さくあけてもなき声をあげられないほど
今にも消えてしまいそうな いのちだった

生まれてから数えるくらいの日々を
何も知らず知らされないままに生きて
けれどその瞬間を何よりも懸命に生きようと
なくこともできなくなるほど訴えていた
両手のひらに伝わってくる温もりは
たしかな いのちだった

顔の大きさとはつりあわない大きな瞳で
常に自分よりも高いところを見つめて
希望や願いを唱えることもできないのに
ただただ上を見つめようとしていた

明日が形あるものならば見せてあげたい
そう思わせるような眼差しで
痛いくらいに僕を見ていた
そんな いのちだった

両手から伝わってくる熱が
夜がせまるようにうすれていって
やがてそれが僕の手のひらの温度と等しく
そう気づいた頃にはもう動かなくなっていた

一度もなくことのないままに
消えてしまった

僕の温度がゆっくりと伝わってゆくとき
僕は僕のいのちがあることに気づいて
叶わない願いをつぶやいてしまう

けれどもそこには
ただふたつの器しかなくて
それは大きさも何もかも等しいのに
まったく違う生き方をおさめたまま
僕はこんなに胸いっぱいになっているのに

どうして手のひらの中は
こんなにも軽いのだろう

忘れられない温もりだけを残して
なかないいのちは
いってしまった

けれどそれは
僕のどこかに保たれた熱となって
これからの僕とともに生きてゆく

たしかな いのちだった


自由詩 なかないいのち Copyright ベンジャミン 2011-03-09 03:03:20
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