世界が始まらないことを願って
木屋 亞万

なぜ生まれてきたのか
そう問われると
とても悪いことをしている気分になる
なぜ盗んでしまったのかと聞かれているような
なぜ殺したのかを尋ねられたような
質問の正しさが怖い

なぜか
なぜなのか
理由などいくらでも用意できる
わざわざ拵えた理由で
しっくり嵌るようなものでもないというのに

マスターキーは鍵穴を傷つける
マスターの権力と強引さで
壊れない程度にわずかに痛めつけられていく

なぜ扉が必要だったのか誰も問わない
なぜ壁があるのか
扉を蹴り倒すのでもなければ
壁をぶち破るのでもなく
鍵穴をマスターキーで痛めつけて
開ける
鍵穴が傷ついて少し我慢すれば
被害は最小限で済む

そこまでしてその先に何があるのか
何もない
そこに居て良いという契約
居場所
そこで暮らした思い出
自分が住んでいる気配
他人から見られない安全地帯
それから
それから
それだけなのかもしれない

なぜ生まれてきたのか
なぜ生まれてきてしまったのか
親を責めているわけではない
自分を責めているわけでもない

何もかも生まれないまま
何も生まれない世界だったら
とても静かだったろう
そういう世界の静謐に憧れて
今日も静かに
目を閉じる

世界よ、止まれ
決して今の幸福を留めるためでなく
これ以上何も生まれないために
静寂で辺りを満たすために

目を閉じるといつも
燃えるような夕日が見える
さよなら世界というような赤

今日も沈もう
眠りにつこう
明日はきっと
生まれてこない


自由詩 世界が始まらないことを願って Copyright 木屋 亞万 2011-03-08 18:11:06
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