潮の岬  2011
たま

手のひらの小窓にあなたから写真がとどく。


風にあおられた火が波のように打ち寄せる深い
闇のなかにわたしたちが暮らす岸辺があるみた
いですね。
怖くもあり、それが真実の勇気であるようにも
思えます。火ってふしぎですね。

春がやってくるまえに冬枯れた岬の芝は焼き払
われる。一月のなんでもない空がてっぺんから
翳りはじめて果てしない海の地平が淡いオレン
ジ色に滲むころ、人びとは火を手にして集まっ
てくる。

深い闇のなかの岸辺ですか。
そうかもしれないわね。そこにあって、未来と
いうより今を生きる勇気を持ちたいなぁって思
うの。


たどり着いたらもう、その先は海と太陽しか見
えない岬の火祭り。日没の合図とともに人びと
は乾ききった丘陵に火矢を放つ。
とおく南の地平から風はやってくる。放たれた
火は幾重もの輪をつくりやがて波のようにしず
かに押し寄せる。


火を放てば季節はやってくる。それは未来と交
わした約束を忘れないための遊びなのに。
深い闇の岸辺で老いることばかりを気にしてい
る。もうすぐ迎える六十代。
それはあなたもおなじはずなのに。今を生きる
勇気を見失ったわたしにはその遊びさえ恐いの
です。

ここがわたしの終の棲家だからもう恐いものな
んてなにもないのよ。
ここが未来なの。今日と明日しかないの。
ただそれだけよ。今を生きる勇気ってそんなも
のだと思うの。

あなたは手にしたカメラを火炎の海に向けて、
ゆっくりシャッターを切った。

火矢を放つように。

とおい眼差しで。






自由詩 潮の岬  2011 Copyright たま 2011-02-28 12:01:54
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