歩行
salco

ショーウインドゥの中にはド素人の描いた
ローランサンの贋作が飾ってある
どんなに遠くから見ても錯覚すら起きない
紫と赤の花弁の中で白い少女が
脂蝋化の死体さながら微笑んでいる
車のフロントグラスがフラッシュを焚いて
通りをゆっくり曲がる
藍染めの暖簾は重く垂れたまま
店の中は別世界さながら暗い
通り過ぎた私の頭に残ったのは
人をもてなした事のない安物の茶器と
小さな赤い纏足だけ

背を丸め影を見ながら歩いていると
二月の風に三月の声を聞いた
それはほんの微かな音楽だった
中には遠い日の
陽だまりの匂いも混じっている
風にはフルートの薄紫色が
所々絡みついている
こうした春の予兆は私を急き立てる
冬、私は眠っているというのに
懐かしい所に置き去りにして来た幼児を騒がせる
どうせ報われっこないのに
春の気配は心臓を痒くさせる
この心地良い炎症は癒される事などないのに

冬の動物園はコンクリートの静謐に冷え
動物など一頭一匹いはしない
北極を知らぬものは束の間の冬眠に入り
アフリカを忘れたものは皆凍死している
氷やガラスは冬映える
鉄柵の向うを眺める時は自分が一番良く見える
猿は煙草に火を点けて、
肺に孤独がすとんと落ちるのを感じている
トーテム・ポールのように突っ立っている
冬の動物園は最も冴え亘っているけれど
だからと言って
こんな状態に自分を置いているのが好きなわけじゃない
冬は私に傍観者の眠りをくれる
そのお礼に私は寒さに震える
摂氏一度の水中に在る自分を終日眺めて過ごす
実際、それは眠りに等しいものだ

春の声はそんな私を起こす
居もしない誰かを探すような
熱い寂寥と愚かな焦燥を呼び覚ます
何もくれないくせに春は私を騒がせる


自由詩 歩行 Copyright salco 2011-02-19 22:58:12
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