月齢
salco

月が満ちたらわたくしから
横たわったわたくしから
真綿のサナギをそっと剥いで
露わな背中を嘗めて頂戴
ほら、あの月が満ちたら
暗夜に独り、永年独り寝の
あの蒼ざめた女神の腹が膨らんだら
そうして冴え冴えと輝いたらば
サナギのわたくしをそっと露わにして
この背中を嘗めて下さいませね
わたくしは歓びの息を洩らすでしょう
その時、睫毛を濡らすのはもう夜露ではない
いいえ、顔を上げたりはしません
きっと、きっと、このさらばえたかお
貴方に見せたりはしない
ずっと夢見て来たのですもの
貴方の舌は温かく
吐息と共に官能の小波を立てる
わたくしの背中をもう
冷たい風が吹き抜けたりはしない
そうしてこの灰色の夜具は
もはや苔むした墓石じゃない

おや… 時が止まったようだ
風さえそよとも流れない
芒も寝息を立てぬこの寂しい場所から
さあ、わたくしを起こして頂戴
此人は
良人は、
夜だけわたくしを愛した
それはなおさら酷い仕打ちでした
此人が髪束を握って眠る間
わたくしの魂は幾たび外を彷徨うたでしょう
閉まった窓から舞い出ては燐光に導かれ
貴方の家まで行ったのよ
貴方はちっとも変わらずに
けれど見知らぬ女と深い眠りの中に居た
良人は土の眠りに就いていた
死んでもこうして傍らに眠っている!

潮が満ちたらわたくしを
浜で波に洗われ日に割れた
わたくしを抱き上げて
そうして連れて行って
銀河見たようにまたゝく波間に浮かべた
一艘の小舟
藍色の涼やかな音と共に海が
ほれ、この重い海が満ちたら
お月様の歌声に目を覚まし
狂おしく膨張した海水が
寒がりの陸地を這い上り始めたら
覆い被さり、愛撫を寄せ始めたなら
こうして砂に打ち捨てられて居た
わたくしを抱いて
連れて行って下さいませね
舳先にわたくしを置いたら漕ぎ出して頂戴
悠久が砂を洗う潮の際から何処迄も、何処迄も

時が死に、世界が裏返るその夜は
汀で呟く満潮が過去へ過去へと戻るから
わたくし達は何処へでもいつ迄も
笑い、語らい、見つめ合いながら
一緒に行けるでしょう?
百年も待って居たのですもの
初戀のひと
海原を何処迄も行きましょう
あやかしの白い光に導かれ
少女の頃開いた本に在った南の果ての孤島へと
椰子の木蔭の思慮深い、誰も知らない孤島へ二人
手を携えて参りましょう
永遠に独りの月の下を
孕んで美しい今宵の光の中を


自由詩 月齢 Copyright salco 2011-02-10 00:09:23
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