光井 新

 雀の鳴き声が聞こえた――と思うと、チュンチュンと云うその音は、何時の間にやら、ポタポタ……と、光る滴と成って、暗闇に在る深淵の静かな表面へと、吸い込まれる様に落ちて行った。円い波紋が立ち、幾重もの輪が内から外へと広がって行く。と、同時に、端から中心へ向けて眩しい白が集束を始める――その刹那、眼球の奥に彫刻刀が突き立てられる! 視界は赤く染まり、オハヨウ、と瞼が挨拶をする。

     *

 ぼんやりと光る白いカーテンが揺れている。どうやら一足先に眼を覚ました恋人が、ベランダへ出て煙草を吸っているらしい。まるで空へ向かって投げキッスをしているかの様な、淡いシルエットを朝陽が映し出していた。
 嗚呼、朝がこんなにも美しいなんて――私は今朝を迎える迄、一度足りとも、朝と云う物を美しいと思った事など無かった――何故今まで気が付かなかったのだろう? 世界はこんなにも輝いているではないか……
 何気無く宙を漂う塵でさえ光の粒と成って、フェルメールの絵画に見る様な美を演出している。とは云ってみても、愛する人と結ばれたこの部屋の、埃っぽさを正当化しようとしている、などと思えない事もない――もしかしたら、この世界を正当化しようとしているのかもしれない。
(私は、自己を肯定し始めたのかもしれない)


散文(批評随筆小説等)Copyright 光井 新 2011-01-29 03:09:41
notebook Home 戻る  過去 未来