知るということ
salco

死は厳粛なものだ
だから死ぬがいい
人の1個が終わる時
連綿たる格闘の歴史が閉じる時
膨大な記憶の書庫が燃え尽きる時
小さな存在の事実が消失する時
肉体はそれでも生きようとする
瀕死の臓器、細胞の1つ1つが燃焼している
続けようとするのだ
頑丈で放恣な筈の人間が大気中でみじめにも
釣り上げられた魚類に成り下がり
虫けらにまで零落した呼吸が止み瞳孔が開いた後も
心臓は細動する
精密機器だけが拾う、不随意筋の微弱痙攣
そのように苦しみ抜き、力尽きて死ね
頭蓋内のささくれに過ぎぬ領域ではなく
現実を完全包囲され退路が断たれた逼塞
日毎の衰弱を、全てを簒奪されて行く状況を
刻々と近づく敗北の無念を嘗め尽くせ
それが人の帰結点だ
意思が欲が哀願が一切通用せぬ白旗の上で
踏みしだかれ唯、連れ去られる時を待つ
その衰弱は人生の何よりも厳粛だ

死が有機物の定めであるように
自死は動かし難く人間の権利だ
だからそうして消えるのもいい
だがおのれの生を知悉した気でいるなら、それはお笑い草
第4期の激痛を、心筋や脳組織壊滅の衝撃を味わえ
全き無力の身となって孤立無援に剥がれて行け
尾根に突き刺さるJAL機の1秒間を見て行け
ガス室へ続く行列で児童が仰ぐ空を知って行け
これが生ある者の絶望だ
死にたいとほざくなら、それだけを楽しみに
何もかもと手を切らされ、唯一人消去される威力を楽しみに
せいぜい生きるがいい
つまらぬ自我の円環をでなく、断崖の突端へと足枷を曳け
選択の余地が微塵も無い、その白い病床こそが死へ至る階梯
生の秘蹟だ
臨終は、お前の質量が量られる唯一の時
存在の総括であればこそ


自由詩 知るということ Copyright salco 2011-01-26 21:56:54
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