入れ物
アンテ


                  「メリーゴーラウンド」 13

  入れ物

小さな入れ物の中身を
大きな入れ物に移す
ようなものだと思っていた
全部移しおわったら
隙間を埋めるものを作り出して
やっといっぱいになったら
もっと大きな入れ物を手に入れて
また中身を移しかえる
そんなくり返し

そんな毎日が
人生だって思ってた

退院する朝
ヒナコちゃんは子供みたいに泣いた
HCUから病院の玄関まで
二人ならんで歩きながら
昨日ファイバースコープで気管を見てもらった結果を
ヒナコちゃんに伝えた
今までになく良い状態なので
カニュレを抜くための治療を再開するらしい
今度いっしょに
遊園地に行こうか
ヒナコちゃんは何度もうなずいて
また泣いた
わたし ぐるぐる回る乗り物に乗りたい
たとえば
たとえばメリーゴーラウンド

入れ物の形はひとつずつ違っていて
中身を移しかえようとしても
きっちりとは入らないから
物の形を変えなくちゃならない
中身にぴったりな入れ物を
探しつづけている人もいる
使い勝手がいいように
入れ物を改造する人だっている
どんなやり方が一番いいかなんて
だれも教えてくれない
自分で自分のやり方を見つけて
自分で中身を詰めかえなくちゃならない

でも それは
他の人たちの話
ぼくは病院から出ることすらできない
そう自分に言いきかせていれば
諦めることも平気だった

ヒナコちゃんが両親と帰ったあとも
ロビーのベンチに座って
独りでぼんやりさせてもらった
土曜日の受付は閉まったままだ
点滴をしたパジャマ姿の男の子を囲んで
談笑する家族が一組
痩せた少女がすわった車椅子が
一般病棟のエレベータから出てきて
勢いよく走り出したかと思うと
ぼくの前でとまった
少女は幼稚園か小学校の低学年くらいで
どこか違うところをぼんやり見ている
突然くるっと車椅子が回転して
押している女の子の
おかっぱの髪がゆれて
ワンピースの裾が広がって
またおさまった
笑顔

おねえさんは
ちゃんと帰れたの?

唇の動きを見るまでもなく
そう言ったのだと自然にわかった

入れ物がなければ
中身をどんどん捨てるしかない
体のなかに詰め込める量なんて
たかがしれていて
次から次へと新しいものが増えるから
ぽろぽろ体からこぼれ落ちて
なくなってしまう
それを嘆く暇があるなら
自力で入れ物を手に入れればいいんだ
中身にみあう大きさの入れ物を

判らない
本当にそうなのだろうか

きみはなぜあの丘にいたの
女の子はぼくの手の動きを不思議そうに見て
二度うなずいた
おねえさんが帰ってきたのよ
マユコもツキくんも待ってただけ
女の子は車椅子の向きをくるりと変えて
廊下を先へ行ってしまった
お礼を言う間もない
ぼくの気管が良くなったのも
ひょっとしたらって
訊きたかったのだと思い出しても後の祭りだ

入れ物をしっかり密封すれば
中身を詰めかえる必要もないし
量を気にすることもない
ああ だから
ぼくは砂時計が好きなんだ
時々さかさまにして
さらさら さら
中身があることをたしかめる
ぼくの心のなかにも丘があって
砂時計が時間を刻んでいるのだろう
ぼくが助かった時も
やっぱりあの二人が
ぼくの砂時計を
ぼくの人生を

顔を上げると
ヒナコちゃんが立っている
肩で息をしている
パーにした右手で
ぼくの手の動きを制して
ヒナコちゃんはゆっくりとしゃべった
読み取るより先に
言葉が直接頭のなかに流れ込んでくる
わたしの声が聞こえる?
うなずく
聞こえるよ
ヒナコちゃんもうなずいて

右手と右手を
ぱちん とあわせた


                 連詩「メリーゴーラウンド」 13






自由詩 入れ物 Copyright アンテ 2004-10-31 01:20:28
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メリーゴーラウンド