ガロア群へようこそ
Giton

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あどけない顔の長躯の青年が扉を開けた
「アルゲブリアへようこそ」
肖像画で見馴れた下町シテの不良児がそこにいた
違うのは一糸纏わぬ背に大振りの翼をふたつ
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つけていることだけだ見ればぼくも裸
になっていた現つの世から身体以外のもの
はこちらに持ち込めないらしい
「これが体コルプスというものだ」
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背に翼持つ青年は手短かに言うとぼくの手を取
って寒天のように透き通った媒質のなかへと進み
出た眼路の限りの空間に無数の泡粒が浮き沈み
していた大きい粒もあれば小さい粒もある
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赤や黄色の目ばゆい光条が空間のあちこちで巨大
な三角形を描きぴかっと光ってはまた消えていた
光の図形の頂点でも新しい粒が誕生し光っていた
「あれは二項演算だ。+−×÷の4種類がある」
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よく見るとたしかに三角は4とおりに色分けされ
て光っていた三角が瞬くとその先に次の三角が瞬い
て沢山の三角形の光条が複雑に交錯し合い煌めい
ていた青年とぼくが立っている場所に床はないのに
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下に落ちる感覚も無かったそもそも上下がよく
分からないそして周りじゅうに光条が果てしなく
遠くまで入り乱れていたぼくがきょろきょろ
と見上げたり見下ろしたりしていると青年は
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「この体コルプスはここから見ると4次元
に見える。4元数の世界だ。目が回るかね?きみら
の見馴れた世界に減縮させようか」ガロアが――その
青年が一声笑うとぼくらの足下にはどこまでも広がる
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平面が現れた。「きみらの『複素数』というやつ
だ。これなら何とか分かるだろう?」現れた床面
には巨大な光の円盤がぼくらを取り囲んで回っ
ていた。「ガウスのn乗根だ。一個ずつの光
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がn次方程式の答になっている」「おお!
代数学の基本定理!」思い当たってぼくが叫ぶ
と青年は思いきり顔をしかめ吐き捨てるよう
に言う。「こんなもの基本でも何でもない。ただ
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の観覧車さ。きみにはもっといいものを見せよう。」
ガロアは先に立って歩き出す彼の均整のとれた背中
揺れる天使の翼とふっくらした丸いお尻の後に続い
て行くと4色の目ばゆい光条が歩くぼくらを包み
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込む4次元空間はまるで捩れるように忙しなく動いた
「これをきみらは『群』と呼んでいるそうだ」
ガロアが指差したのは空間に浮かぶベルトのよう
な光の環たくさんの環がそれぞれ自分で捻れながら
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絡まり合っているありさまだ光のベルトひとつひとつ
には計算機のようなボックスが附いていてボックス
のランプが点滅するたびベルトはものすごい速さ
で右に左に走るのだったそしてボックスは数字
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の書き込まれたシートを打ち出した。「きみら
はぼくの名前を付けてガロア群と呼んでいる。
ひとつやらせてみようか」彼が走り書きした紙
を宙に投げるとたちまち無数の巨大な三角の光条
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が走りぼくらの周りは目を開けていられないほど
の明るさになったやがて『群』――光のベルト
が現れその下にやや小さなベルトが現れさらに
つぎつぎ新たなベルトが誕生し一列に並んだたくさん
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の光の環が互いに捩れ合って揺れていた
そのとき天使の羽根を持つ青年はぼくの頭を掴ん
で「そら!」と下に向ける足下を見れば例のガウス
の大車輪が動きを止めて静まりかえっていた
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ガロアの笑い声が虚空に響く「どうだ!威張り腐っ
たガウスの爺いなどこれで形無しだ。」生意気
な不良少年裸体の天使がぼくの背に腕を回す
ばさっと音を立てて彼の翼が羽ばたいた
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目眩めく4次元空間の飛翔どこへ向かっているのか
も解らない彼の熱い吐息がぼくの耳に触れていた:
「ここから先はきみがぼくの身体と交わって一体
となったら教えてあげよう。それまではお預けだ」
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自由詩 ガロア群へようこそ Copyright Giton 2011-01-18 07:57:33
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