指きりげんまん、針、千本
とんぼ

むかし、(そう、わたしはもう「むかし」という言葉が使えるようになった)
大事な約束をひとつした
わたしは高校生だった
期末テストの英語の点数を
その頃付き合っていた人と競った
数点差でわたしが負けて
なんでもひとつお願いを聞くよと言った
思春期らしいえっちな要望をこっそり期待しながら
放課後の教室で微笑みをひとつ
彼は小指を差し出した
約束をちょうだい
俺のことずっと好きでいるっていう約束
うつむいた頬に夕焼けの赤が差す


わたしはいくつの指きりを忘れてきただろう
飲み損ねた針を数えて、その途方もなさに立ち尽くす
だけどこうも思う
わたしのついた嘘が、
針千本飲むくらいで許されるなら。


こたつに足を突っ込んでテレビを見ている恋人に
小指を差し出してみた
恋人はまるでテーブルの端から落ちるコップに手を伸ばしたような速さで
小指を強くからめてくれた
わたしは驚く
この人は約束の内容を聞く前からもう
守る覚悟を持てる人なのだ

約束はなに?
と恋人が聞く
わたしは小指を見つめながら言う
わたしのことずっと好きでいてね、っていう約束をして
恋人は微笑んでからめた小指に力を入れる

ちくりと胸に刺したまま残しておいた針を抜いて飲み込む
まずは1本、それから2本め
千本飲み終わるまでには、約束なんて溶けてしまうだろう
痛みはずっと遠くに去って
感傷だけが残るだろう
貝で描かれた細い線がたくさん残る引き潮の浜みたいに
優しかったこととか嬉しかったこととか
差し出された小指に感動したことなんかも


自由詩 指きりげんまん、針、千本 Copyright とんぼ 2011-01-13 00:30:12
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