長編詩 成人の日に寄せて(抄)
salco

思えば君は
薄いゴムと縮んだ性器の隙間や
欠陥商品の微細な穴からたまたま生じた子ども
でなければ
ナマ入れ中出し好きのバカ親から出来た子どもだ
総じて我々は
無計画な家族計画や避妊のヘマで洩れ出た、
卑劣な精子と愚劣な卵子との安上がりなドッキング
消費税も相続税もかからぬ唯一の娯楽によって
正しくはその方法論のヘマを父母として
2つの自慰のギイギイ軋む淫らな合唱をバックグラウンドに
存在を始めたに過ぎない
ハレルヤ!
そして我々の選択肢の埒外である凡父愚母はその時
我々について前歯に挟まった陰毛の寸毫ほども考慮する事なく
各々の天国への渇望と痙攣への秒読みだけを念頭に
ひねもす注送運動にこれ励み
あと2、3年は気ままで安上がりな逸楽の生活を望んでいた
あと2、3年の怠惰な蜜月
痴態の数々
貯蓄と浪費
ギヴ・アンド・テイクでラヴ・アンド・ピース
これこそが我等が尊父尊母の家族計画、夫婦生活の綱領であった
あるいは結婚など毛頭も望まず
而して!
ある日父親が青息白液の体で弱アルカリ筒のなか横たわっていた5秒の間に
位置ニ就イテ 用意 … BANG!
日頃の懸念と恐怖へ向けて現実は進行しつつあったのだった
総じて彼らは我々をこう呼んだものだ 
「後の祭り」

剥離の代わりに子宮に滞った債権者を突き止めてもらう為
母親は産婦人科に駆け込んだ(妊娠検査薬など無かった時代だ)
そして初めて快楽の為にでなく高々と開帳する
羞恥に唇を噛み、顔をしかめて
まるで強姦されるかのごとく
または性病持ちの娼婦のごとく
やがてボディースナッチャーの存在が告知され
我等がマリアの頬は上気するか蒼ざめ引き攣る
その時確かに天空は裂け、典雅な調べか断罪の轟音と共に無数の紙吹雪が〜
否、請求書がバサバサと顔に降りかかる
この時こそが生活の始まりだった
今まで他者に払わせて来たツケを、
今から生涯拘束されて細々と返済し続けよと命じる、それは宣告だった
強制執行令状にも似たこの催告をいっそ無効にする選択肢も残されてはいる
掻爬された胎児の残骸は
ホーロー引きかなんかの蓋付き容器にまとめられ
裏口からひんやりと胞衣えな屋の汚水槽へ消えるだろう
法外な処置料は健保の還付がきかないが、リカバリーはできる
新陳代謝と慣性なる抗生剤によって母胎の傷もいずれは癒える
一方、これが働き者を捕まえておく唯一の手段ではある


かくして我々は大量のミルクとオムツの消費者として
夥しいヨダレと糞尿にまみれる新生活を始めるに当たって
怨伽阿おんぎゃあ
まずは抗議の泣き声を上げて誕生した!
ぬるぬるした温水の小惑星の爆発と共に子宮口に頭を挟まれ
かつて父親がスピーディーに出入りしていた不愉快極まりない産道を
へしゃげながらやっと出てきた我々には特段
後ろ暗い過去も腹黒い意図も無かったが
医者にはやおら逆さ吊りにされて尻をぶっ叩かれ
両親にはしげしげと赤紫の手ゆび足ゆびを点検されたものだ
親達は子蛸さながらの醜い新生児に自分との類似点を何とか探し出してから
ようやく安んじて我が子を愛し始める
たとえ角や牙が生えていたとしても、大方のローズマリーは愛しく思うものらしいが
重ね重ねも、我が子ならば、だ

俄かに動物じみた母性本能の虜となった債務者達に
めざましい発育で日々応え魅力をふりまき
アイドルさながらチヤホヤされて債権者は
ベッドの中でアーとかグーとか啼きながら
家計家政の圧迫者として君臨する
睡眠不足の若夫婦はもはや
この水太りした肉団子の為には命さえ差し出す所存
旦那は小遣いと夕食のおかずを減らされ
夜ごとの「赤ちゃんごっこ」も取り上げられ
外出もままならぬ女房は些かの締まりを失ったばかりか
フェロモンをもごっそり失ってオナベのようなみっともなさだが
一向気にする気配もない
子育てこそは人生最大の娯楽
家族で共有する時空こそが人生の最も重要なステージであると知らされた男女に不満のあろう筈がない
(味覚とスリルに於いて既に彼らは男と女ではないが)
互いに対する欲求不満は根深くなって行きつつも
それを覆って余りある新鮮な歓喜が2人の間で育つのに目を細め
この先20年間の暫定契約(タダ働き・期限延長有り)に縛られた1組の苦力は
更なるよき家庭生活の構築に忙殺される
つまり彼らがちっぽけな我々から受け取る対価は
人生全般の空虚を糊塗するに余りある大義名分という奴だった

血と火で歴史をう王侯貴族と同じく子孫を残す必要性が
我々の低劣な遺伝子にも動かし難く存在する
継承すべき領地や財宝も無く
ささやかな納税者としての存在価値以外は
予め万人にとって石ころほどにも無意味な墓碑銘でしかない我々は
せめて駄犬の血統を絶やさぬよう
精一杯の養育費と教育費を遺伝子継承者に注ぎ
次代の人生主体が能う限りの充実を生きるようにと
あれこれ気を配りながら年老いて行く事にしか自己存在の合理を見出せないのだ
(そうでなければ凡人の人生は、失われて行くばかりの事象に対する
詠嘆と惜別に費やされてしまうだろう
手にした物は何もかも、
若さと同じ束の間の輝きとして指の間からこぼれて行くばかり
追慕に胸を痛めて生きるほど無価値な時間はない
そんな拷問は
充分ネジの外れた寝たきり老人になるまで猶予して頂きたいものだ)
無論、いかなる旅の途上であろうとも
魔王の手から子供を護れる親などいはしないのだが
♪オ・トーサン オトーサン 魔・王ガ今ァ〜



飢渇と排泄の不快を訴えるだけの闖入者が
一心に乳首を吸いながら愛くるしいチンパンジーのような瞳でじっと見上げる時
あまつさえその繊細な半透明の指で穢れ者どもに贖罪を施し
天使の微笑で祝福を垂れる時
かほどに荘厳な法悦が他にあろうかと親は思い知る
初めて目を開かれ浄化された魂は天上の光に向かい
感謝感激に包まれ昇華を始める
かほどに安らかな位相に到達した事がかつて一度でも
かほどに甘美な達成感に浴した事が一度でもあったろうか・・・
何者もこの魂の深奥で体験される崇高な瞬間を遮る事は出来ない
温かな会堂の柔らかい床から立ちのぼるウンコの匂いに
しばし引き戻されはしても

このように顕現した愛の神聖な正体を初めて見た者達
つまり眼中無痛の愛に盲となった召人達には
更なるお楽しみが待っている
それは離乳食を吐き散らかし
掴んだ物を何でも歯茎と舌で調べ始めた貪欲な皇帝が次々披露する
人類進化の驚異である
それはあたかもボノボの森でクロマニヨン人が誕生するまでの百万年を凝縮した鮮烈な1年間だ
否、むしろ魚類からの直立歩行と言うべきか
そして生後わずか1年の人類は
声帯から洩れ出る高音を感情表現以上の伝達手段として
まずは咀嚼と同じ動作からもぐもぐと、
しかし呑み込むのではなく吐き出す操作を発見する
食道からミルクを吐くよりそれは、何とまだるっこしい機能だろう
Mm〜ma、mm〜ma

欣喜雀躍に水を差して悪いが何もあんたを呼んだわけじゃない、
これが最も簡単だったのだと言えるようになるまでは先が長過ぎて
翌日あたりには忘れてしまいもしたが、
口唇や口蓋、中でも最も鋭敏な舌を駆使して発音する面白さにも
我々は夢中になったものだった
それはまるでストローの先から次々に吹き出される、
色とりどりのあぶく玉のようだったから
このくすぐったい色彩を帯びた音楽的魔法が嬉しくて
いちいち頭を振ったり体を揺すったり
手を振り回して秘密の唄を作ってはくすくす笑っていたのだが
しばらく経つと、
突如の教育熱に浮かされた親に肩を掴まれ絵本の前に連行されて以来は
大人の指す事象を鸚鵡のように繰り返さなければ歓迎されず
親の落胆や苛立ちを恐れて顔を窺い
低能呼ばわりされる不遇の惨めをやがて理解し
魔法の世界は随分と色褪せてしまったのだった


白地図のようだった大脳新皮質は
若干の遺伝的出来不出来はあったものの、
スポンジのように知識を吸収するので
小学校では概念と法則の基礎を叩き込まれ、
2年生になる頃には4tトラックに満載の1個300gのリンゴを紙上で数え、
1個あたり98円のそれらを買うには消費者ローンでいくら借りたら良いのかまで
何とか解るようになったものだから、
一層欲をかいた親達は子供達がより闊達に人生を泳いで行けるようにと
放課後の時間割に水泳教室やピアノ教室、
英語塾や公文教室、
悪筆に悩む親は習字教室まで加筆したのだった
こうして親の宿願と夢想とをランドセルにしこたま詰め込まれ
そのうえ横断歩道では右を見て左を見て手を挙げて
知らない人にはついて行かぬよう、
又お化けの所在についても細心の注意を払いつつ
道草禁止のお達しも頭の片隅に入れながら
ひょろひょろと通学路を幾千往復
ごく稀には知恵熱を出したかも知れないが
幼稚園の砂場を懐かしんだ事はない 前進あるのみ
羯諦羯諦波羅羯諦ぎゃていぎゃていはらぎゃてい
「みんなで なかよく あそびましょう」へのノスタルジアは
無垢を失くした自分を振り返る夕景にこそ似つかわしい
多忙な小学生に眉間の皺は無く、それだけ1日は1年分も面白く
瞼がくっつくまでに楽しい事は何でも出来た


しかし親の仕事は大変なものだ
日々の食料と1年で窮屈になる服や靴の他
入浴・爪切り・耳掃除の手間に散髪代
玩具に書籍
自転車が3種類
学習机に学用品
体操着に給食費
誕生日やクリスマス
年々値上げの小遣いお年玉
家族旅行に修学旅行費
受験費用に交通費
入学金の次は授業料まで延々と捻出し続けるのだ
おまけに子供はすぐ感染して熱を出す、虫歯を作る、怪我はする
しかも乏しい時に限って塀から落ちたり急性虫垂炎なんかで入院だ
とても学資保険まで手が回らない
一体ひと息つく暇も無い
あれが食べたいこれは飲みたくない
やれ犬が飼いたい猫が飼いたい
あんなの着たいこれは履かない
ゲームやりたいケータイ持ちたい
××がいい△△ちゃんと同じのがいい
ディズニーランドに行きたいコンサート観に行きたい!
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ

我が子の為には何でもしてやりたいのは山々なれど
長じて手に負えぬ困ったちゃんにならぬよう
ほどほどに「耐へ難きを耐へ」させ忍び難き時には叱り
それでも聞かぬ時は叩きもし
言わずもがなの説教に口を酸っぱくして最低限
爪はじきに遇わぬバランスの人間になるよう形成せねばならない
人から物を貰ったらアリガトウと言うのは物心つく前から
自動人形並みにやらせる事が出来るが、
人前でハナクソをほじったり無辜の排尿器官をいじくるのが何故いけないのか
理解させるのは難しい
幼児にとって、心にもない媚びを売るより急襲的な生理現象を我慢する方が
どんなにつらいか
しかし反抗期以降も長らく厳守されるのが大方後者であるのは
躾の成果が如何ほどのものなのかを暗示していて興味深いテーマではある


「宿題やったの?」
「うん、やった」
ばれない嘘に熟練するには
幾多の失敗を重ねて痛い思いをするしか道は無い
胸突き八丁の自己防衛だ
虚実の辻褄合わせは知能を鍛える
ボロが出ぬよう起承転結を組み立てるには更なる経験値が要る
無論、怯えたそぶりを見せてはならない、答えに詰まってはならない
こうして人間は後天的にすべからく役者修行に勤しむが
だからと言って調子に乗って朗々と謡い過ぎてもいけない
何にせよ、虚構には優れた脚本こそが枢要なのだ
おおよそ観客の鑑識眼など知れたものだが
真新しくてダサいにも程がある学生鞄には
既にそうした小さな嘘や秘密や裏切りが
時には親の財布や近所の店からくすねた物と一緒に
しこたま詰め込まれていたものだ
まだまだ大人どもを出し抜く事は出来なくとも
子供達はポーカーフェイスと隠匿場所に習熟して行く
鍵をかけても机の引出しは危険だ
看守やスパイは取っ手と鍵穴が大好き
親がどこを見、どこを見ないか、どうやったら見えないか
日常の対象観察と経験則上の洞察から
子供達は証拠隠滅をいつしか
大人の偽善並みには上手くやりおおせるようになる

そして思春期後期は復讐の季節
いつやら指先に刺さった鉛筆の芯のように
自我はいびつに黒く硬く、じんじんと痛みの在り処を教えたが
気に留めるほどの質量ではなかった
しかしパンツの中に手を入れてみると最初は産毛に過ぎなかった恥毛が
黒々といやらしく密生していたのと同様
頭の中心で塊は腫瘍のように成長し
鏡を覗き込む代わりにじっと顔をうつむけていると
その塊は底暗い穴となって眼前に現れた
何と不定形で不細工なナルキッソス
そいつが自分にとって何者であり、本当は何を欲し
他者に対して何であるのか
肉付けするには余りに多くの体験と修飾語が必要な為
十代のスプラウト達は非常に苦しまねばならない
まだしもお喋りと偶像崇拝好きな少女達は
不定形な年令の腫れぼったくて垢抜けない自分と気分を発散する時間を
いくらか持てるが
それでも対人の煩わしさと、窮屈な関係性の閉塞感に
生きて行くのが嫌になる時がある
この二重生活の果ては愚鈍で汚れた成人像への統合なのか と
一方、
次第に無口になり、爆発的な性衝動を抱え込んだ少年達は
童顔に不釣合な棘を柔らかな顎に数本生やし
細い首に突き出た咽仏に怒声をとどめて
暗い目つきで通りを見ている
部活の後
家に帰って母を犯し、父を殺す夢想でもしているのか


既に掌中の珠は窯変してしまったのだが、
気づかぬ親は相変わらずの耳障りな声で呼びかけながら
階段を上がって来ようとする。
「ヨシオ! 早く起きなさい、遅刻するわよ」
るせえな
「ヨシくん! ご飯だから早く降りてらっしゃい」
うるせぇんだよババア
「ヨシオ! お風呂! お風呂入っちゃいなさい!」
・・・ 殺すぞババア
舌打ちしながら良雄くんはティッシュを掴む
 檻に気づいた時が思春期の始まりではなかったか
檻に通学し檻に帰宅する
大人の管轄下にある場所は全て檻であり
大人によって機能しているシステムは罠だ
拘束を嫌う獣達は押しつけに牙を剥き、狎れ合いを拒絶する
連中の仕打ちにどれだけ苦しめられて来たか、
偽善と欺瞞にどれほど踊らされ傷ついて来たか、
これ以上脅迫や甘言に屈しはしない
もうてめえらなんかの思い通りにはならない
暗い決意で子供達は誓う
猛々しい孤独の中で高らかに復讐を宣言する

ところで孤独な季節については
配偶者に先立たれでもした老人が詳しい筈だが、
じき火葬炉へと消える者の絶叫は誰にも聞こえない
何故なら老人は叫ばない
溜め息だけ
肺に滞るそれさえ吐く余力があるのか怪しいものだ
横隔膜も声帯も聴覚も衰え、いくぶん萎縮した脳も
すっかり樟脳臭くなった髄液にひたされている
一方、
熱く火照ったミサイルの如き青少年が
経験的敗北主義者の老人と違うのは
成人並みの膂力以外は全く非力で孤立無援という点だ
いかなる権限も許されておらず
無きに等しい権利は大人の管理下を逃れ得ない
憲法第十三条が何だと言うのだ?
行政は納税者の味方だ、どう足掻こうが
どちらが正義で誰が支持されるのかをそれは示している
身長はとうに親を越しながら、何をしようと
変わらず幼稚園児として扱われるようなものだ

後の物語なら君自身が詳しいだろう
              さて、
誇り高き自我の一人舞台は終わった
予定調和と拘泥の煉獄へようこそ!


自由詩 長編詩 成人の日に寄せて(抄) Copyright salco 2011-01-10 19:41:26
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