音のない洞窟
吉岡ペペロ

男の歌うファドがながれていた

それを聴きながらヨシミの逡巡を聞いていた

胸が痛いのはヨシミもおんなじだろう

部屋が明るかった

よく効く栄養ドリンクを飲んだあとのようだった

そのあざやかな室内に

なぜだかシンゴは懐かしさを感じていた

デジャヴュとはこういうことを言うのだろうか

ため息が吸い込まれていた

呼吸のメカニズムとはこういうことを言うのかも知れない

わかれの辛さ、執着、みらいへの嫉妬、そこにあるべつべつの人生、今夜のこれからのこと、、、

それらはあまりにも実体がありすぎてシンゴにはかえって実体のないもののように思えるのだった

乱雑なヨシミの部屋はあざやかなままだ

いつのまにかそこに気配のない突風が吹きつづけているのを幻視していた

風がなにもかもを吹きはらってしまって、それであざやかに見えるんだと、

そんな思考にシンゴは陶然となっていた

ヨシミ、おまえも胸いてえか、

いたいよ、ここらへん、そう言ってヨシミがかるくにぎったぐうを胸においた

男の歌うファドがながれていた

それは繰り返しながれていた

歌詞の意味は分からなかったけれどシンゴはいまのじぶんの気持ちを歌っているのだと思った

いや、いまの気持ちではない、いまこうあるべきだという気持ち、そんな気がした

シンゴはヨシミの胸に手をやった

それはいまこうあるべきだというのとは違うような気がした

ヨシミの髪を見つめた

シンゴはヨシミの髪を撫でていた

部屋はあざやかなままだった

男の歌うファドがながれている

洞窟のそとなんて、しょせんこんなもんだよ、

シンゴはこえにはださずつぶやいて

ヨシミがくずれるまでヨシミをてのひらでさわっていった

オレは洞窟からでたのだろうか

いや、それならこの突風に気配を感じるはずだ

オレは洞窟の出口のすぐそばまで来ていて、そとの光を見ているだけなような気がした

服越しに乳首をつねる

ヨシミは痛みのこえをあげて息とともにシンゴにくずれた

シンゴのてのひらだけがやさしくなっていた







自由詩 音のない洞窟 Copyright 吉岡ペペロ 2011-01-05 20:53:28
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