秋刀魚
花キリン


秋の最後を飾るように、広い太平洋を泳ぎきって食卓に戻ってきた秋刀魚。煙を巻き込んで焼きこんでいくレンジの手さばきに台所は手持ち無沙汰だ。おろした大根に醤油の数滴を混ぜ合わせると、食卓も手持ち無沙汰になった。

今年は何匹の秋刀魚が食卓に戻ってきたのか。大きいものと小さいもの。テーブルをひっくり返すような大騒ぎがあって、今はそのテーブルにレンジで焼かれた秋刀魚が、それぞれ一匹ずつ乗っている。

これが生活のリズムなのだろう。食卓を泳ぎきるような錯覚までもが新鮮に感じる。ときどき塞ぎこむような手つきで丁寧に小骨を取り除いていく。秋刀魚は骨ごとかぶりつくものなのだが、小さな時間を二人の間に置いた。

この季節には食卓から郷愁が生まれてくる。秋刀魚とは偉大な魚なのだ。その先のことは、粗末な食卓の上で仲直りしてから考えればいい。一匹丸ごと平らげると食卓は閑散とした。後は二人で向かい合うだけだ。


自由詩 秋刀魚 Copyright 花キリン 2011-01-01 09:24:00
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