コロッケ
鵜飼千代子


神楽坂を下る

「いっしょに帰ってもいいですか?」
「あぁ」

宴席でのお酌も拒むあなたと
いっしょに帰る

ーー 合評会の後だから?
ーー 「ゆきうさぎ」が好きなのかな?

「ちょっと待ってて」

と、
肉屋の前で立ち止まる。
奥さんのお使いの「コロッケ」を買わなければいけない
のだという

「美味しいんだよ」

と、目を泳がせながらコロッケを抱えているあなたに
なんだか和んで微笑む
少し、日常に入れてもらえた

神楽坂を下る

ふたりとも話題を作るタイプではないから
わたしは少し遅れて 同じ距離感で
黙々と 
神楽坂を下る

飯田橋から乗り込んだ三鷹行きの総武線は
ぎゅうぎゅう詰めではなかったから、
身体がぺとっとくっついてしまうことはなかったけれど
あなたの降車駅が近づくとおもむろに鞄から詩誌を取り出して
「可哀想なんだ」と伝えて来た。

(わかったよ、我慢する。)

わたしは黙って聞いていて、
あなたは目を泳がせたまま鞄に詩誌をしまい
そうするうちに着いた降車駅で降りた

本心をいう時に、いつも目が泳ぐんだね
あなたはきっと、
眼底に金魚を飼っている



しばらくぶりに例会で見たあなたの鞄は
草臥れてぼろぼろだった
中身の書類にばかり気を取られて、
鞄のことなんか、使えればいいと思っているでしょう
そういうのは「スタイル」でやるのがかっこいいんだよ

パーティービュッフェを取りながら
「老けましたね」というわたしに
「昔の面影など見る影もないでしょう。」とテンションの高いあなたに

今日は目は泳がず、心が躍っているななんて思いながら
きっとあなたもわたしも、目に金魚 こころにウサギを飼っている
なんて思っていた

神楽坂から駒場に住まいを変えて積み重ねられる
嘘のような本当の話


自由詩 コロッケ Copyright 鵜飼千代子 2010-12-21 19:03:47
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