線路沿いの春の日に
鵜飼千代子

             ひとみを閉じていればいい
             こころを閉じていればいい
             電車が通過する前の
             空気と地面の振動が
             もうすぐ 揺れると
             静かに伝えてくるように

             いつか慣れてくるものなのだと
             こころ静かに待っていれば
             電車は通過してゆくものなのだ

             早朝の貨物列車が
             目覚まし時計の代わりをしていた
             あの頃は遠く
             電車の音がしている と言った
             電話線の向こうの君は
             いまはもう いない

             今日もキィと線路をこする音を響かせて
             まるごと家を揺らしているよ
             ちょっとの地震じゃ驚かないね
             君に言って笑っていた
             わたしのこころを置き去りに

             大嘘つきの可愛い君が
             電話の向こうで笑っているよ
             今日も変わらず笑っているよ

             こころを閉じているからね
             ひとみを閉じているからね
             ゆっくりと後退りのようすで
             おいき 
             光の当たる場所へ ね
             
             もう うらんでいないよ
             もう あやまらなくて いいよ

             おやすみおやすみ
             しあわせにおなりね

             また 電車が来たよ
             線路をキィと鳴らしているよ
             がたんごとんと通ってゆくよ
             また春が やってきたよ 



        1998.03.09.   YIB01036 Tamami Moegi.
        初出 NIFTY SERVE FPOEM
        WEBミニ詩集「ほんのちょっぴりわかったこと」所収


自由詩 線路沿いの春の日に Copyright 鵜飼千代子 2010-12-11 11:05:56
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