『ボク』
うんち

昨日、黙って家を抜け出したので母さんに怒られるかも知れなかった。
けれどキッチンにいた母さんは、薄く呆れるだけでふわついた目は違うどこかをみていた。
彼女がスーパーの大袋にごたごたに詰めたクッキーは
3ヶ月ほどほうって置かれたままで、
やはり湿りだしていた。バカだなって、笑えてしまう。
けれど、こんなクッキーを笑ってることが、幸せ。
笑った分だけ、後で泣いてみてもいい。
お父さんはいない。
涙が出そうになったら、たたっと二階の部屋に姿をくらましてしまえばいい。
でも、ボクは今日、クッキーの傍で泣いたっていいよな?
・・やっぱり、二階で泣こう。
涙も出なかったので、薄闇のカーペットの上で突っ伏して寝た。

母さんはよく解らない詩を作る。

もっそり夜が来る
ざわめきだす羽音
ぎらぎらのびーびー弾2つ
猫の歩き出した細道
こっそり追い掛けて
てんてんのしっぽ
それはだめです
おうちに帰りなさい。

すぎゆく車の音が右から左へと、しゃぁーん、しゃぁーん。その音だけ。

この住宅地では、変化するのは、車の移動と、音もなく散歩をする老夫婦の様子くらい。

通りの並木の葉はよく茂っていて、家と家のあいだを、のびのび生きてくる。

その並木と並木の間を、縫うようにして数台かの白い車は無表情に
直線を描いて向こうへと消えていく。

哀しみはない、喜ぶこともないけど、自分がこの家に戻ってきていることがそこにある事実。

家を抜けていくシーンは容易だけど
街の中に敷き詰められた道や鉄道の間にひしめく
打ちっぱなしのコンクリートの中に
大勢の人の流れの中、無数多様の朝ご飯と昼ご飯と夜ご飯を、誰か決めた人と一緒に食べている
その毎日の感触が
あまりにも安定に乏しかったので、とりあえずここに帰ってきてしまった。

この丘の上のみどりいろの世界にいて、都会の重力にあえて引っ張られてみる。引っ張られるのは悪くない。むしろ楽しい。冒険だ。

〈続く〉


散文(批評随筆小説等) 『ボク』 Copyright うんち 2010-11-30 21:55:16
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