巻き戻しか、それとも早送りか
ホロウ・シカエルボク




歩道に溜まった雨粒が静かに夜を抱いている、口笛はマイナーセブンスを僅かにフラットしてる、君の左の袖口は少し濡れている、僕の右の袖口と同じようなセンチで
コンバースの爪先に空き瓶がぶつかって打ち込みのスティールノイズみたいな音を立てる、君はびっくりして首をすくめる、僕は苦笑して肩をすくめる
僕と君の心はまるで、ミラーボールのシステムみたいだ、1秒たりともおんなじ色に留まっていることがない、きらりと瞬いたと思ったら、静かに俯いてたりする
人気のない交差点の歩行者用の赤い点滅信号の下に立ち止まって速い車が時折駆け抜けてゆくのを彫刻のように見ていた、アティチュードにこだわり過ぎるカラックスの映画みたいに
(おいで、僕は君との間に、新しい橋を掛けたい)
この街にあふれる明かりがもしも全部消えてしまったらあなたはわたしを見つけられない?と、大金がらんだインテリジェント・クイズの司会者みたいに聞いた君
僕はそれに乗って難しい顔をして制限時間いっぱいまで考え込んで多分見つけると言った、目視することだけが君を見つける手段ではないもの、と付け加えた
そうして君だけが横断歩道を渡って行く、受粉する蜂のように跳ねながら、向こう岸にたどりつく、赤い点滅信号の下で髪をすくようなさよならのしぐさ
小さな通りに駆けて行ったらもう君の姿は見えない、僕は君を見つけられるか、あの小道に立ち込めた夜の向こうに、さっきまでそこにいた残像の向こうに
速い車がまたひとつ通り過ぎる、船の舳先が波を起こすように車道に残る雨を跳ね上げながら、エンジンの稼働音は巻き戻しかそれとも早送りか


巻き戻しかそれとも早送りか、僕らは何時だってそんな人生を歩んでいる、確かなものはどこにもないし、確かなことなんか決めたりしちゃいけない、ねえ君、さっき僕らの前を走り過ぎた古臭いサバンナのナンバー覚えてる?080の後にそのナンバーを回したら運転手に繋がって、二人の真理について有意義な何かを教えてもらえるかもしれない、僕は踵を返して
君と歩いた道をひとりで帰る、マイナーセブンスに気をつけながら口笛を吹く、お気に入りのカフェの閉じられた入口の前で高くなった煙草を吸う、駅前広場の喫煙スペースの灰皿に吸殻を捨てながら、君がさっきやったさよならの真似をして肩をすくめる


いつもほんの少し何かが外れてしまう




自由詩 巻き戻しか、それとも早送りか Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-11-28 19:08:55
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