白色の雲たちがやってくる街
番田 


やがて私たちの興奮は冷めてきたので、死にかけたバスを田んぼの方に流した。バスはしばらくじっとしていたけれど目を放した隙に知らないどこかへといってしまった。


楽しかった週末も終わり月曜日の朝に新聞を開いていた。地域欄に池のことが書いてあって、田んぼの持ち主たちが激怒し、怒り狂っているとのことだった。私は目玉焼きのお代わりをツマミながらそのページをめくりテレビ欄をぼんやり眺める。妻に青ざめた顔をバレないようにしながらあとづさりするとトイレの中で用を足した。ズゴゴゴゴォー。


子供と一緒に釣りに行くと冬なのでとても寒く、マフラーをつけた人やセーターを着た人を見た。水色だったり赤だったり、色々な色をしていた。ブラックバスを狙っては銀色のルアーを池に投げる。ダイワ精工のルアーはピカピカに光っていて好きだった。子供もどんどんルアーを投げ込んでは引き寄せている。いつまでたっても釣れないので、私たちは少しづついらだってきていた。
「父ちゃんもうこんな意味のないことはやめて、池の水でも抜いて、バスの姿を堪能しようぜいっ!」
と子供が言うので、それに合意して池の水を田んぼの中に入れている水門のところまでやってきた。


水門の上に円盤のような回す車輪のようなものがあったので、それをぐるぐると回していくと、徐々に田んぼの方へと池の水が流れ出ていく。波紋が徐々に大きくなり緑色のカエルもその中に混じっていたりもした。車輪をある程度のところまでひねって池の方を見ていると、見えていなかった葦の下の方までがあらわになってきて、ヘドロのような土もあらわになってくる。子供はその中に入っていくと何匹かのブラックバスを見つけたようで、
「父ちゃん、こりゃランカークラスの大物だよ!」
と言ってそれを持ちながらこちらに駆け寄ってきたので、その姿を写真に激写して、私もそれを持っている姿を何枚か撮らせた。日が暮れ始めていてオレンジ色の夕暮れがヘドロの池と水の溢れた田んぼを照らしだしている。


会社でベーゴマ遊びをしているとみんな夢中になってだれひとり電話をとろうともしない。バイトで雇った女の子が取るのがすでにその役目になってしまっていた。
「しっかりしてくださいよ!」
とその女の子は言ってはいたものの、パソコンのツイッターにはまってしまっている。
「あのー、このブラッドピット似の男の子ってぇ、どんなヒトなんでしょうねぇ。」
彼女はベーゴマの感想戦の合間に話しかけてきては質問した。
「うーん、今度会ってみれば?」
と私たちは返し、また感想戦の続きに戻る。(彼女は翌週に彼と会って、あんなことやこんなこと、そんなことやあんなことをして、つきあうことになったらしかった。)私たちのあてずっぽうなアドバイスもまんざら捨てたものではない…。ベーゴマがまた、カチリと音を立てる。



ニワトリがまた新しい朝を告げる。コケコッコー!、と。


家に帰ると、妻が怒っていた。
「田んぼに水をながしたのはアンタでしょう!」
私の顔は妻の怒った顔を見ると、思わず青ざめてしまっていて、顔を隠しながら脇を通り抜けようとするが、妻は笑いながら私の顔を捕まえて羽交い締めにして、警察のいる交番まで連れて行かれた。逃れることはできないらしい。


警官たちは私をそこで腕組みをしながら待っていたようだ。
「あなたが山田大五郎さんですね?お話はうかがってますのでさあ奥へ。」
そこにいたのは、子供と百姓たちで何やら宴会のようなことを繰り広げている。
「彼らも怒っているのでお話をきいてあげてください。」
警察はそう言って、子供の横に、座った。



家に帰ると妻が笑っていた。テレビのお笑い番組に、彼女は目がないのだ。私は百姓たちに来週田植えをやらされることになったことを告げると、彼女はまた笑った。
「バカ野郎!」
と言うと風呂に入り長いシャワーを浴び、寝室でゲームをした。しばらくすると妻が入ってきて、一緒にゲームをした。
「楽しいね。」
と妻が言ったので、
「ああ」
と答えた。
黄色と青の選手がゴールを争ってボールを奪い合うのは、実は熾烈な興奮だ。彼女には敵対心といったものはないのだろうか。ゴールを入れられても、意にカンせずといった具合だ。やがて子供がやってきてベッドに入った。


百姓たちはかなり酔っていて激しく台無しにしてしまった田んぼについての苦労話などを聞かされた。
「あんたには、苦労ってものがわからんのだ!」
机を拳でたたき付けられて今にも壊れんばかりだった。私は手を合わせて、神様に彼らの怒りがおさまるのを願った。子供は机に置かれたチョコレートや、ポテトチップスやポッキーなどをあさっている。普段フルーツばかりを与えているとこういうことになるのだ。私は銀紙の袋の中に神の横顔のようなものを見た気がした。ゆらゆら。

*

妻が目が疲れたと言い、ベッドにはいると私も続いた。
「ごめんよ父ちゃん、ボク言っちゃったんだ。」
子供がポツリとつぶやいたので
「バカ野郎!」
と言って私は笑った。妻は眠りこけているようだった。二人の体は暖かかった。




散文(批評随筆小説等) 白色の雲たちがやってくる街 Copyright 番田  2010-11-26 02:08:27
notebook Home 戻る