月が来る、音のない葬送のあとで
ホロウ・シカエルボク





日没、砂浜に迷い
野良犬の
鼻先真似
ひくつかせ
虚を探り


塩粒の混じる
匂いは
血液を沸き立てる
唾を吐き
熱を冷まし


人ならぬものが
さ迷う気配
目を閉じて
取り込まれぬよう
ひそんで息をして


踵が沈み込むので
月が空にない
踵が沈み込むので
日没のように


岬の方で
いつか死んだ誰かが
また、風に流れる
朽ち果てた身を知らず
また、見下ろしている


波打ち際
テトラポッドに
もたれて
哀しい軌跡を
読んだ
ひそひそと
いまを忘れて
読んだ
虫のように
砂に混じり


どうしたことだろう
まだ、時は満ちないのか
今日はもう
満ちぬまたなのか


どこから来たのか
美しい痩せた猫が
ひょいと
頭上でとびあがる
おまえ


おまえ
何をしている
海が怖くないのか
おれやおまえのようないきものを
たらふく飲み込んだこの生命の根元が


ぎゃあ、と
猫は鳴いた
そして
暗闇に消えた
夜なのだ


わずかに覗いた星が
海面で跳ねて
あたりはうっすらと
輝きをとり戻し
そうしておれは
いまだ
来た道を知らず
猫の
小さな足跡をたどると
迷いなく
海中へと続いていた
海からこちらへ
駆け抜ける風からは
異国の血の
臭いがする


あいつは心のままに
あいつ自身の本能であろうとしたのだ
波が大きく膨らみ
おれの爪先を濡らす
なにかをねだる子供のように
小さな確かさで


おれは
手を合わせる
そんなもの
あの猫はきっと
喜んだりしないだろうが
おれは祈った
言葉を持たず
ただ手を合わせた


目をあげると
白樺色の
月が
こちらを見下ろして
にやりとしていた
いまいましいが
どうしようもなかった




ああ
飲まれちまうな







自由詩 月が来る、音のない葬送のあとで Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-11-24 17:28:08
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