未浄化の為のいくつものリブート
ホロウ・シカエルボク




滑落の意識はすでに朦朧、自分の掌さえそうと思えない長い朝、白濁する視界に紛れ込む澱、文脈のない戯言が胡椒みたいに四散する脳漿、前頭葉から漏れ零れるものの温度は捨てられた小麦粉に潜むものの体温のようで、何度繰り返しても同じ事だし、何度投げ出したって同じ事だし、爪先の破れたスニーカー、四方八方に歩き倒したことの結果、布切れのように縫い合わすことの出来る辻褄が欲しい、だけどそれは整理の為の目印のようなもので、本当はそんなものは必要としていない、散らかった部屋をすっきりさせたいだけ、空間、空間、圧倒的な空間、空っぽであることを認識出来ないくらいの、パーフェクトに設えられた空間、本当はそんなものが一番心地いいんだ、真実など求めてもどうって事はない、覚えたものにラベルは貼り付けられない、詩人にとって真実とは、足止めをしやすい言い訳みたいなもんじゃないかい、雨の降る日に傘を差すのがそんなに面倒臭いのかい、靴が濡れるのも構わず歩いた、そんな思い出がいつぐらい前のことか思い出せない、必要じゃないことばかりが身体にしがみつく、アンタの顔は必要ない、アンタの声は必要ない、アンタの、イデオロギーは、野良猫の糞よりも必要がない、雨の日に歩き続けた時の思い出、生まれたところはそこそこ遠く離れていた、ひたすらに脚が痛んでいた、本当はそんなことしていたくなかった、なにかをしないための言い訳みたいなものだった、俺には判ったのだ、途中で捨てたものはもう一度戻って来る、こちらが心を塗り替えていない限り、存在が見るからに色を変えていない限りさ、これからおそらくは老いが始まるだろう身体で、様々なことを忘れだすかもしれない頭で、蒼い時代にもう一度滑り込むのだ、もう一度、ナイーブを塗り替えながら、絶望的な叫び声、苦悩は続くのだ、己の心を塗り替えてしまわない限り、安泰を選んで惚けたりしない限りはさ、新しく、爪先を突っ込むための靴を手に入れなければならない、その前に、靴を痛めないように爪を弾き飛ばしておかなければならない、刃先の確かな爪切りはどこかにあるだろうか、再生、再構成、再配列、蒼い時代のリブートを始めなければ、まだそんな自覚はひとつとてないけれどこの身体だって確実に老いていく、あるいは 、朽ちる前に断ち切られる、幾人もの近しいものが荼毘に伏されていったこのところ、燃え上がる棺桶を思いながら俺は思った、生き延びることはさよならを引き受けてゆくことだ、いつか出来の良いさよならを放つために、俺はもう一度愚かさと激しさにこの身を閉じこめる、ケンタウル、弓を放て、どんなに生きても訳知り顔だけはしない、いつでも新しい行先を目指す旅人でありたい、一度知ったことはもう知らなくていい、捨てていけ、捨てていけ、出来るだけ後ろの方に、必要なものなら勝手に戻って来るさ、前進は先に行き続けるということではない、どんなに距離を稼いだって先に進めないやつだっているさ、俺はそのことを知っている、だから留まることだけはしない、行先を読み違えたりしない、それは行き着いた先で決めるから、そんなことを語るには長ったらしい言葉が良い、取り留めもない、次々と浮かび上がる言葉の転写でいい、俺は記録される過程でありたい、誰かの前で確かな温度であってみたい、俺は爪切りを探す、俺は爪先の破れていないスニーカーを探す、外に出るのに恥ずかしくない服を探す、部屋の鍵を探す、財布を探す、行き先を探す……それらすべてが、誰かの前で俺の形をしていればそれでいい。




自由詩 未浄化の為のいくつものリブート Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-11-18 16:19:28
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