ハピネス・ウィッシング・ブライトリィ / ****'03
小野 一縷

毛細血管の鎖に繋がれて ぼくは吼えた
神経繊維のバラ線に絡まって ぼくは踊った

ぼくは脅えていた 誰にでもない 目の前の鏡に
ぼくは耐え忍んでいた もう一面の ぼくに対する羨望に


真白く冷たい砂漠の丘を ぼくは転げ落ちる
吹雪に吹かれたような冷え切った身体で
やがて藍色の森に辿り着く
夜色の木々を傷つけて傷つけられて 
ぼくは樹液と血にまみれる 儀式

灰色の夜に紺色の風が吹いたら
今夜 結晶した十字架を 左腕に受け入れる

感じているんだ 流れているんだ 
過去が 純潔が 滴るんだ

甘く輝く秒針 左腕に
硝子の十字架 右手に

温い血を逆流させて
捧げたよ 言葉で濁してしまった 純真を
無力になってしまった 誰かの声を
霞んでしまった あなたの想いを
刻んで 撃ち込んだ


羽ばたいて 銀色の雨の中を
見下ろして 上昇して

さようなら もう 還るよ
過去と未来の交錯する 瞬きの瞬間に

誰も知らない この揚力の力強さ
この羽ばたきに
もう 何も聴こえない
もう 何も見えはしない

両翼に触れる 時間と溶け合った重力と記憶を
遡って ぼくは
遠く ぼくは
きっと ぼくは
羽ばたいて 羽ばたき続けて
ずっと 流されて
今 この胸に抱き止める
過去を遡って 産まれた 
触れられないほど 弱々しい 真新しい未来を
鉛色の 両翼を綴じて

さようなら
誰かの想いに
ぼくの想いに


気付いた ここ
冷たい 鳥かごの中
ぼくは さえずる
出口の向こうの その景色を
ぼくは 歌う
出口の向こうの ぼくの郷里
出口の無い  ぼくの故郷を

懐かしく 新しく 見つけたんだ
畜生や虫けらの魂までも 溶け合うところ
ああ 
きみは ずっとここに 居たんだね 

飛び交う金色の 電子甲虫を 避けて
ぼくが さあ 帰って きたよ
ぼくは 帰ってきた 羽ばたいて
鍵を 一つ 開けただけ
扉を 一つ 開けただけ

眩暈の回転数が演算する
秘密でも何でもない 答えの数は
脈拍のシンコペイション その音色
音楽の中にある旋律の階層を上り 下って
色付けた 電子仕掛けの 楽譜に刻みこんだ
音階の時間軸 その弦の振幅
裂け その楽譜 カンバス 身体

生むんだ 
ぼくは 生むんだ
ぼくを 生むんだ
この胎動 理から 離れて 
脈打つんだ 続け 変拍子の原子の鼓動

血まみれの 産声が 
ぼくの詩だ

眼が覚めたら 最後
だから 今 
暗闇の中で 暗闇の中から
ぼくは 生むんだ
ぼくを 生むんだ
光に 向かって
だから 今 一瞬
謳うんだ 何度目かの 
開眼した 生命の始まりを

眼が醒めたら ここが始まり
眼が覚めたら ここが終り

硝子の十字架の 光
閃光が 過去と未来を 貫通する

その光陰 
ぼくの芯に 雪崩れこむ
微分された 魂の荒い波
ぼくの芯を 洗い出す
微分された 魂の淡い泡



皮膚に 眼に 痛々しく 透明に輝く波音が歌う岸辺に 
多くの 語感が 粉々に 砕け散っている

部屋の中 砂の上で 夢見ている 
最微分された言葉の粉末を スプーンで融かした
その最高の上物を 静脈に撃ち込んで
気のふれた 聖なる詩人に なることを








自由詩 ハピネス・ウィッシング・ブライトリィ / ****'03 Copyright 小野 一縷 2010-11-07 17:48:20
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