むすぶという祈りの方法について
石川敬大



 草の先を
 むすんで
 おくのだという

 悪戯心
 という
 生易しいものではない
 もっともっと切羽詰まったもので

 おさない死児が
 先に逝った親しいものが
 鬼か
 魔物か
 悪霊かに
 追いまわされたとき
 むすうにむすんだ草につまずいている隙に
 とおくにまで逃げて
 逃げきれるよう
 という願いからきた行為であるという

 そのお伽噺じみた祈りを
 だれが無意味と揶揄できるだろう

     *

 わが子に触れえた
 つれあいの声が聞けた
 あぁ、よかった
 と、皺ぶかいものは
 嬉々として帰ってゆくという

 賽の河原で石を積み
 もの足りない背中がもそもそもそもそ動いて
 ひとつでも多く
 むすび
 ひと心地つくおもいを抱えて
 きょうもだれかが
 夜汽車にゆられて
 帰ってゆくというのだ
 ひとつづつの灯がともる場所へと







自由詩 むすぶという祈りの方法について Copyright 石川敬大 2010-11-07 14:01:31
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