冬支度
salco

秋になったら家を出る
軍手とシャベルを持って遠く遠く
九月いっぱいは歩き続ける
十月は釣りなどして過ごす
十一月が木々を染め出したら
場所を決めて、あとは待つ
落葉を敷きつめてその上に座ると
体の震えが葉を寄せ集めて蓑を作る
手紙は全部川に流そう
氷結しない内に


それから雪が降るのを待つ
稜線に降り来た雲が太るのを待つ

眠りの間に雪が降る

氷の真綿が一面だ
軍手をはめて作業にかかる
これでやっと家が持てる
かまくらの中に氷の炬燵もしつらえ
じっと冬を過ごす


誰も来ない
義理も責務もない
退屈という平穏と、孤独という静寂があるだけ
だから私はこんなに軽いし堅牢なのだ
冬じゅう外を眺めながら
甘酒を飲んで過ごす
酒粕も白
砂糖も白
口直しに食べる雪も白
白いものばかり食べているので私も次第に白くなる
白いものばかり見ているので瞳も段々白くなる
積雪で入り口が塞がれ暗転したら眠る
昏々と眠る 夢も白いのだから
氷の天板に頬を寝かせて
全てが止まった白の次元で


空の青が緩み
雪が溶け出し音が始まる
そんなもの聞かない 
眠っている
日射しが触手を伸ばすにつれて
地上に露われ天井が薄れ始めて
汗が外を伝う
小さな穴がぽっかり開いて
光の錐がこめかみに突き刺さっても
ぐっすり眠っている
家は外側からどんどん痩せ縮み
白を失くした滴があちこちからぽたぽた垂れ
また一つ、二つと当たる度
私も氷の彫刻のように溶けて行く
順序としてまず頭が消える
日に日に暖気が緩衝帯を侵食し
土色の腐敗も開始する
けれどあの時から眠ったままなのだ
外で何が起ころうと知った事ではない


雨が去り夏になり
四囲は乾いて水蒸気もない
けれどもかまくらの潰えた場所には
珊瑚のように骨が在る
ほらね、白い
散乱は占術の痕跡か成行きの符丁めいて
だから遺書だとも言える
そして木々の葉が黄に紅に染まり
冷気がひっそりと満ち始め
大地が湖底に沈んだ時
胸をすり抜けて吹く風がめぐり来たら
似た女がここにやって来る


自由詩 冬支度 Copyright salco 2010-11-04 19:47:55
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