過食の典 ー多重腹食堂
……とある蛙

その食堂はうらぶれた路地裏にあったが、薄暗い路地にその食堂の入り口だけ煌々と灯りが点っていた。いつでも結婚式が行われている。食堂の食材は何処で調達したか、随分と脂分の多い肉と水ッ気のない葉野菜と萎びた根菜である。スープは殆ど味がないが変な臭いのする脂が浮かんでいる。実に味わい深いとする料理評論家もいるが、総じて食えた代物ではなく、ネズミの餌という想念が路地裏を駆け巡っている。それでもその食堂が好きだという美食研究家達が集い、日々ネズミの餌を大量に食べ、ぶくぶくと太ってゆく。旨くないなどと口を挟む者がいると彼らは口を揃えて「料理の味の分かっていない奴だ。いろいろなものを味わってから来なさい」等と尤もらしいことを言う。彼らのヒーローはこの料理を作ったコックの一人である H であり、それすらも違うという者が出る始末で、特に醜悪な形の料理が好まれる。そしてその臭いは強烈だ。たまたま、イタリアンレストランなどの話をしようものなら、「低俗だ!誰だって旨いというに決まっているではないか。そんなものは芸術としての料理ではない。料理は芸術なのだ。」と彼らは得体の知れない臭いの充満する食堂の中に入り浸っている。ろくに仕事もせずに。


自由詩 過食の典 ー多重腹食堂 Copyright ……とある蛙 2010-10-27 15:53:47
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