浅草物語
服部 剛
ある日僕は、偽善をした。
ちらほらと雪のぱらつく、浅草で。
*
ふたりの女を、愛しそうになっていた。
ふたつのあげまんを、雷門の近くで買った。
*
地下鉄へ潜る階段に
家の無い爺ちゃんが震えながら
身を縮めて、眠ってた。
数日前にマザーテレサの映画を観た僕は
カルカッタの路上に寝そべる痩せこけた人の
傍らに坐り
手を握る聖女の姿が
記憶のスクリーンに甦り
道を引き返し
あげまんじゅうの店に立つ
金髪のおばちゃんに
「浅草人のハートが好きです」と握手して
もう1個買ったあげまんを紙袋に入れ
階段で眠る爺ちゃんのもとへ
まっすぐに歩いた
しゃがんで ぽん と肩を叩いて
「これあげまん、腹が減ったら、食べて」
「おぉ、あげまん・・・!」
およそ70年前の
純粋無垢な少年の
笑顔は時を越えて
しゃがんだ僕の目の前で
ぱっ と花開いた
爺ちゃんの体から
ぷうんと漂う匂いは
あげまんをふたつ袋に入れた
日頃の僕の、匂いであった
*
朱色の雷門をくぐり
仲見世通りの人込みを
掻き分けながらまっすぐ抜けて
辿り着いた本堂で僕は
ぱんぱん両手を合わせ
人のこころの幸を、一心に願った。
*
ちらほらと雪のぱらつく、浅草で。
紺のハッピを身に纏い
元気に客寄せをする、人力車夫を横切って
地下鉄の階段に潜れば
車内には、若い旦那が
両腕の揺りかごで
泣いてる赤子を抱っこしていた。
稲荷町を過ぎる頃には
手のひらに残る
たった一つのあげまんが
悴む肌に、暖かかった。