寝息
小川 葉

 
 
いつもの帰り道を
いつものように歩いていると
知らない道を歩いている
どこかから寝息が聞こえるので
誰かの夢の中だとわかる
寝息を頼りに知らない道を歩いていくと
知らない家にたどり着いている
きっとわたしの家なのだろう
誰かの夢のなかでは
ただいまと言いながら扉を開ける
誰もいない
どこまでも続く台所
宙に浮かんだテーブルと椅子
窓際には愛するものの写真
知らない生き物だった
知らない言葉の寝言が聞こえる
すると冷蔵庫が開いて
ゼリー状のものがはみ出している
きっとおなかが空いたのだ
わたしもおなかが空いたので
冷蔵庫を覗こうとすると
寝返りを打ったのか
わたしは宙に投げ出され
浮いたまま階段を昇っていく
書斎のような部屋に入ると
昆虫の皮膚の人の形をした生き物がいて
すばしっこくタンスとタンスの隙間に隠れる
そのままわたしは浮いたまま
窓から外に出ていく
寝息がはげしくなっていく
空からはたくさんの知らない街並や
そうでないものが見える
見あげると
夜空の隙間から光がこぼれている
見覚えのある雀などがそこを行き来している
もうすぐ夜が明けるのだ
寝息が呼吸に変わると
わたしはわたしの体のなかにいた
隣で眠る人は妻なのだろうか
その隣で眠る男の子は息子なのだろうか
頬をつねると痛いので
わたしは仕事に行く
きっとそれは夫や父と呼ばれるものだ
いつもの景色が見えている
知らないものなど何もないはずの
いつもの道を歩いていく
二度寝したのか
どこかからまた
誰かの寝息が聞こえる
 
 


自由詩 寝息 Copyright 小川 葉 2010-10-16 05:47:18
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