初雪
佐倉 潮

 
 年の瀬も押し詰まった一日の終わり、僕は故郷のあ
る地方都市で、レイトショーのチケットを買った。ビ
ロード張りの椅子の上で二時間余りを過ごした後、映
画館から外へ出てみれば、夜空からみぞれ混じりの雪
が、こぼれ落ちていた。傘を持たず来た僕は、首をす
くめ、早足で家路を急いだ。風は吹いておらず、それ
でも寒さはひとしおだったけれど、初雪が薄化粧を町
に施したおかげで、夜が、すこし明るくなった。
 
 気づけば僕が行く道はすでに、誰かの足跡と自転車
の轍とで、導かれていた。振り返ると、僕が歩いてき
た道もまた、人々の痕跡と一体となって、生活のしる
しを刻んでいた。ずっと向こうから、遠く先までへと、
続いてゆく道があり、自らが永遠に旅の途中だったと
知る。歩みを止めて、しばし茫然と前後を見渡した。
この三十年近く、自分が何をして、何をしようとして
きたのか、そんな事々が頭をよぎった。描きたかった
感情も、感情に昇華されなかった風景も、いまや僕を
通り過ぎ、過去の轍の中へと消えてしまった。それら
の後に残されたのは「それでも生きている」という、
うすぼんやりとした苦い感覚だった。
 
「家へ帰るんだ」主人公がそう語ったラストシーンを
僕は思い出した。再び歩き始める。みぞれ混じりの雪
が、いつしか粉雪へと変わっていた。彼は約束を果た
した。エンドロールが流れる十分前に。僕は、あんな
にうまくやれないよ。でも今夜、帰るだろう。つつま
しやかな歴史の道からも外れてひとり、僕だけの足跡
をふむ場所へ。
 
 
 
 
 


自由詩 初雪 Copyright 佐倉 潮 2010-10-16 05:42:56
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