ごめんね
アンテ

                  「メリーゴーラウンド」 12

  ごめんね

見覚えのない人たちが
みんなわたしのことを知っている
という状態が
こんなに落ち着かないなんて
想像以上だった
機械に頼らなければ息もできなくて
音も聞こえなくて
記憶までなくしてしまったようくんを
わたし あの頃
がんばれ って励ましてたなんて
ホントにごめんね
ようくんは首をふって
大丈夫 と笑った

手話を忘れてしまわなくて
本当によかった

目が覚めてから
もう何日たっただろう
HCUに移ったし
お医者さんの説明は難しかったけれど
要約すると
体の具合はすっかりいいらしい
最初こそ
よかったよかったってみんな喜んでいたけれど
わたしがここ一年以上
心臓の薬を飲んでいなかったことが判明して
こっぴどく叱られた
そのあたりの理由が思い出せなくて
それでもなんとか
適当にうなずいたり首をふって
やりすごしていたのだけれど
我慢しきれずに
記憶がないことをようくんにうち明けると
すんなり信じてくれた

ベッドの脇に掲げられた
雛子という名前も
正直 実感がない

夢の向こう側に
わたしは記憶の大半を置いてきたのだと
ようくんが話してくれた
メリーゴーラウンドのある遊園地のことは
ぼんやりと覚えている
ぼくがヒナコちゃんを起こすのが
遅れたのが悪いんだ
それ以上ようくんが話してくれないのは
きっと わたしが
知らないほうがいい事情があるのだろう
暮らしにどんな支障がでるのか
想像もつかないけれど
まあ なるよになるだべさ
って言ったら
大笑いされた

ようくんがくれた砂時計を
時々ひっくり返してみる
とても小さいので
一分くらいで砂が全部落ちてしまう
すっかり体調がもどったので
二三日で退院できそうだと
看護婦さんが本当にうれしそうに話すのを
聞いていても
なぜか気持ちが弾まなくて
わたしが中学校の図書室から借りてきて
(なんと図書委員なのだそうだ!)
ようくんの病室に置いたままだった本を
ぺらぺらめくりながら
なんで漢字や言葉は覚えているんだろう
頭のなかがこんがらがって
そんな時
砂時計をひっくり返すと
不思議と落ち着いた

さらさら さら

知らない人が
世界じゅうにたくさんいて
知らない街で暮らしている
それは淋しいことなのだろうか
わからない
家や学校の
みんなのことが思い出せなくても
平気だと感じているのも
同じことなのだろうか
わからない

夜おそく
病室を抜け出す
ようくんの部屋まであっという間
幸い看護婦さんには逢わなかった
そっとドアを開けると
明かりが消えていて
人工呼吸器の音が規則正しい
ようくんは目を閉じていて
思わずいたずらをしたくなる
こんな風に
きっとわたし
ようくんを眺めて過ごしたことがある
それは確かだと思える
窓辺にならんだ砂時計を
ひとつずつ順番にひっくり返して
さらさら さら
胸に手をあてると
心臓がちゃんと動いている
穴があいていたり
動脈がひんまがっているけれど
それでもしっかりと
まだしばらくは
わたしを生かしつづけてね

知らない人が
夜の窓にうつっている
これがわたし
何度もくり返し自分に言いきかせるうち
昔から知っている気になる
なんでも判っている気になる
知らない人が
笑った
わたしも遅れて笑う
そう たしか
わたしは窓のそとを眺めるのが好きだった
とつぜん涙がこぼれて
窓にうつったわたしが
子供みたいに泣き出す
簡単じゃないね
生きるのって
とても難しいね

ごめんね
自然に声が出た
ようくんには聞こえないって
判っているのに
ごめんね

なんで謝らなきゃならないのか
思い出せなくて
本当にごめんね


                 連詩「メリーゴーラウンド」 12





自由詩 ごめんね Copyright アンテ 2004-10-21 00:05:20
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メリーゴーラウンド