へそ
乱太郎

 「へそ」

夕立とともに雷が落ちる音がして
少年ははっと目覚める
もしかしてへそが盗られていないか
あわててシャツをめくり
お腹にちいさな穴が残っているのを
確認して
ほっとしながら
また少年は夢の国に戻る

雨が上がって日が差してきたとき
老人はふと気が付く
もしかして繋がっているのではないか
空の向こうと自分が
見えないへその緒で結ばれて
先だった妻のところへ
生まれていくのかもしれない
ほっとしながら
何度も老人は平たくなったお腹をさする





 「やり直し」

数行しかなかった
これまでの人生
マス目のついた原稿用紙も
昨晩無くしてしまって

新聞の折り込みチラシの裏側にでも
書いてみようか

あ 

から




 「どこ?」

シーラカンスの夢が
一億二千年前の海底に産み落されたまま
クノッソスの迷宮から
クレタ人の嘆きは抜け出せないまま
ここはどこ と
僕らは携帯電話に話しかける
指の先に触れる冷たい絵文字に
手掛かりを見出そうと必死に探して
リセットとゲームオーバーを繰り返す
記憶されていくのは
空っぽのメモリ
ようやく辿り着いたと思えば
新規の未解読文書が現れて
そこはこっち と
モナリザがほほ笑む
網に引っ掛かったシーラカンスは
博物館に電話して
クレタ人の迷子の一人は
イソップの寓話を聞かせてくれたが
僕らの途方もない悩みは
電波になって
ひたすら地球を駆け回っているだけみたいだ


自由詩 へそ Copyright 乱太郎 2010-10-03 17:30:23
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