殺される
森の猫

彼から、連絡があった。
「今日の、25時半ね。」
手短な言葉のうしろには、幼子の鳴き声。

あたしは、浅岡りか・38歳。いわゆるアラフォー。
彼、29歳。妻子あり。

自宅から通勤するあたしは、彼との密会のため郊外に安い
一軒家を借りた。留守がちなその家を、近所のひとたちは
不審の目で最初から、見張られているような気がした。

あたしは、会社がひけると早めにその借家に行き。
彼の好きなアジフライと付け合せをぱぱっと、作る。

インターフォンが鳴った。出てみると、ご町内の配布物を
町内会の役員のおじさんが、持ってきてくれた。
「いつも、留守がちですみません。ありがとうございます。」

「いえいえ、どういたしまして。ちゃんと、監視してますから。」
おじさんは、伏し目がちにぼそぼそと言った。

がちゃ がちゃ、鍵を開ける音がして。彼が来た。
意外に早い彼に、あたしは抱きつく。彼の匂い。熱い。
布団も敷くのも、もどかしくキスをし畳の上でもつれ合う。

タオルケットだけを羽織った下で、あたしは、作った夕食が冷めて
いくのを気にしていた。

なんだか、外に嫌な気配がする。あたしは、多少霊感がきく。
刃物を持って、あたしたちに襲いかかってくる男の映像が
頭に浮かんだ。鳥肌がたつ。

突然、彼の携帯が鳴る。仕事のトラブルの電話。
彼は、多忙な営業マンだ。時間など関係ない。
深夜でも、海外相手に職場で待機している部下もいるのだ。

あたしの予知に促されあたしたちは、狭いロフトにあがった。
物いれに隠れようとしたとき、ロフトの小さな窓に、サバイバル
ナイフを手にした町内会のおじさんが見えた。
「そこにいるんだろう。この淫乱女め!お前のような奴は、俺の手で
殺してやる。俺の妻の身代わりだ。お前はあいつのような淫乱女だ!」

あたしには、妻の情事を目撃してしまった男の映像が見えた。
あぁ。殺される!あたしたち!

あたしは彼の前に立ち、出刃包丁を手にしていた。敵うはずもない
無理な抵抗と思えた。だが、あたしの殺気は男のそれを上回っていた。
どこから、こんな力がでるのだろうとおもう間もなく。男を組み
伏せ、気が付くとその胸には突き刺さった出刃包丁が目に映った。

殺った。殺ってしまった。
正当防衛だ。
彼に抱きつく。わなわなと身体が震えている。

どこから、通報されたのか。深夜の庭にはパトカーの音が
近づいていた。


散文(批評随筆小説等) 殺される Copyright 森の猫 2010-09-23 07:28:21
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